2016.04.06
おうちデートを巡る大人の男と女の攻防戦とは、まさに仁義なき闘いである。
ほぼ二人の決定打となるこの局面で、男としてはどこまでもスマートにさりげなく、下心を隠して自宅に誘いたい。
一方の女は女で、「そろそろ、くるかな」と予想は立ててはいるものの、軽く見られるのは困るし、かといってカマトトぶる歳でもなし…
どちらも優位に立ちたい、けど恰好つけすぎるとチャンスを逃す。
さあ、今夜も東京の至る所で巻き起こっている、男女の切なくも(傍目にはかなり)面白い攻防戦をみてみよう!
22時、3回目のデートで2軒目を出たばかりのカップルが向こうから歩いてくる。
そう、第1ラウンドは彼女が帰る駅に向かうまでの「夜道トーク」である。
伝家の宝刀『一杯だけならまだ大丈夫でしょ?』炸裂
「私、やっぱり諦められないかも……」
梨紗はうつむき加減で独り言のように呟いた。
いつも少し違うトーンに本能的なチャンスを察知した晃一はすぐさまギアチェンジをし、歩くスピードを緩める。
「ごめんね。俺、変なアドバイスしちゃったかな?」
半歩後ろを敢えて歩くのは、彼女の顔色を横目でうかがえる角度を保つためだ。
「ううん。でもやっぱり……後悔してるの」
「そっか……」
今夜は3回目のデート、彼が選んだのはしっかりと自宅近くのレストラン。
時計の針は長短ともに22時近くを指している。舞台はほぼ完璧に整っていた。
「だってさ…あの、自家製チーズケーキ、絶対美味しいよね?見るからに濃厚だったもん。私濃い味のやつ、好きなんだよね」
「……!?」
「最初の前菜、アンティパストフレッドとアンティパストカルドの両方じゃなくて、どっちかにするべきだったかな? その後に、パスタとお肉って欲張りすぎだったかなぁ。最近お食事でお腹一杯になっちゃって、スイーツまでたどり着けないパターンがよくあるのよね」
梨紗は晃一の戸惑った反応に全く気づかず話を続ける。
(諦められないのは元彼とのウエディングケーキじゃなくて、チーズケーキかよ・・)
晃一はそんな心の動揺を見せないように、改めて、勝負をしかける。
「もしまだ飲み足りなければ、俺んち近くだし寄ってく?」
直球で聞くのが最もいやらしくなく、かつ相手に考える時間をあまり与えない方法だ。
「え〜、どうしようかな。明日仕事だし」とためらう彼女。
「いやいや、すっごい美味しい泡があるから、一杯だけ一緒に飲もうよ。一杯だけならまだ大丈夫でしょ?」
女性はなぜか”一杯だけ”という言葉に根拠のない安心感を抱く。かつ、『まだ大丈夫でしょ?』の一言に、「ちゃんと帰れるから」という言外のニュアンスをしっかりと含めるのだ。
「ん~、じゃあちょっとだけ、お邪魔しようかな?」
「うん、すぐ近くだからさ」
(きた!……。きたぜコレ……!)
「私、明日仕事だからね」
(一杯だけならまぁいいか、彼の部屋もチェックできるし)
そんなやりとりをしながら、彼のマンションのエントランスに到着した。
ここまで、やや晃一が優勢である。
だがしかし、油断した多くの男は自分の城で失敗を犯すのだ。