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東京DINKS Vol.10

東京DINKS:六本木のステーキハウスで露呈した、DINKSの絆の脆さと危うさ

美術館を出て時計を見ると、18時を回っていた。19時の予約まで、中途半端に時間がある。

「時間あるし、歩いて行く?」
「そうだな、ゆっくり歩けばちょうどいいかもな。」

いつもはすぐタクシーに乗ろうとする太一だが、今日は歩くことを快諾した。好きな漫画の原画と、壁に描かれた東村アキコ直筆のイラストを見てテンションが上がっているようだ。

今日は六本木にある『ウルフフャング ステーキハウス』を予約していた。国立新美術館の中にあり‘天空のレストラン’と言われる『ブラッスリー ポール・ボキュール ミュゼ』にしようかとも思ったが、愛子がかねてより行きたかった方に決めた。

2人は歩き始め、六本木の交差点を渡って、そのまま外苑東通りをまっすぐ歩く。『つるとんたん』の辺りまで来ると、東京タワーが大きくはっきりと見えた。

愛子はスカイツリーには何の思い入れもないが、東京タワーには思い入れしかない。太一と寛、それぞれと1度ずつ展望台まで上った。どちらと行った時も、お互いの住んでいる家を探して盛り上がったものだ。

今日も煌々と輝く東京タワーを見て「綺麗だね」と言い合う。愛子の隣を歩く太一は、まっすぐに東京タワーを見つめている。太一には東京タワーにどんな思い出があるのだろうかと、愛子は思いを巡らせた。

メインのプライムリブアイステーキを頬張りながら「そのうちペットを飼いたいな」と店の近くで来る途中に見た『コジマ』で見たトイプードルを思い出して愛子が言った。

動物好きの愛子は何度か、ペットを飼わないかと太一に相談したことがあるが、太一の答えはいつも同じだった。

「ペットOKの部屋に引っ越さないといけないし、それにお互いフルで仕事してるから犬は無理だろう。せめて猫じゃないか?」

やはり今日も同じ答えを返された。

「じゃあいっそのこと、マンション買って猫を飼おうか。」愛子が半分冗談、半分本気で言った。

「マンションなんて買わなくていいよ。賃貸の方が俺たちのライフスタイルに合ってるから。」太一はそう言って、また一切れステーキを口に運んだ。

「私たちのライフスタイルって?」ナイフとフォークを握る、愛子の手が止まった。

「太一にとって、都合よく浮気できるのが私たちのライフスタイルなの?」

口が勝手に動いて、愛子は止めることができなかった。太一の答えが、なんだかとても無責任で身勝手に思えたのだ。

太一の浮気疑惑は、愛子が自分で思っている以上に、愛子の心を疲れさせていたのかもしれない。あるいはただ、寛への満たされなかった思いが、愛子にイライラを募らせ、それを太一にぶつけているだけなのかもしれない。

自分が太一を責められる立場じゃないことを愛子は十分わかっていた。だが、考えるより先に言葉が出てしまった。

太一を見ると一瞬止まった後、口に含んでいたステーキを、ごくりと飲み込んだ。その音が、愛子には微かに聞こえた気がした。


次回2月21日更新予定
第11話:太一は浮気を認めるのか……?

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

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国内で360万世帯いるといわれる、意識的に子どもを作らない共働きの夫婦、DINKS(=Double Income No Kids)。東京のDINKSの生態を描いていきます。

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