崖っぷちアラサー奮闘記 written by 内埜さくら Vol.8

崖っぷちアラサー奮闘記:LINEに届いた衝撃画像……お金を取るか友情を取るか!

前回までのあらすじ

 北岡涼子、30歳、元女優。社会人経験なし、資格なし、貯金なし。芸能界で活躍したが、徐々に干されて今に至る。就職活動をしようにも、「綺麗」以外の特性がないため続々と不採用通知を受け取る。

 そんななか大先輩の小田につれられて足を踏み入れた、銀座の超高級クラブ『銀華』の由紀ママにひょんなことから店にスカウトされ、夜蝶デビューを果たした。

 藤代との日帰り旅行後、初めて同伴予定だった涼子に送られてきたある画像、そして元恋人からの告白に先輩ホステスの思惑。涼子の近辺が騒がしくなってきて……!?


第7話:崖っぷちアラサー奮闘記:初同伴の対価はふたりきりの温泉旅行!火照るカラダの行方は……?

 紗耶香からのLINE画像――そこには、割れた皿やマグカップがフローリングに散乱し、ダイニングテーブルと椅子が乱雑に転がっている室内が写されていた。昨夜、「今日の昼間に話をする」と言っていた紗耶香が決行し、別れ話がもつれた様相が、その画像1枚でありありと思い描くことができたからこそ、涼子は絶句したのである。

 この画像以外の情報が紗耶香から入ってこないことも、涼子の懸念も加速させた。文字を打つのももどかしく、すぐさま紗耶香へと電話する。

 ヒックヒックとしゃくり上げる紗耶香の不明瞭な言葉をつなげると、どうやら彼は、室内の物を手当たり次第壊して家を出て行ったが、紗耶香に暴力を振るうまでには至らなかったらしい。

 事情を聞き、涼子は即断した。

「紗耶香ちゃん、いい? 落ち着いて話を聞いて。彼を悪く言いたくないけど、物に暴力を振るう人は、人に暴力を振るう可能性があるの。だからその家にい続けたら次に彼からなにをされるかわからない。

 しばらくウチに泊まって、今後のことを考えたほうがいいと思うの。わたし、いますぐ迎えに行くから荷物をまとめて待ってて」

「……うん……待ってる……」

 涙声の紗耶香と電話を切り、涼子は自嘲する。

――わたしは生き方を変えられないんだな……。

「いますぐ迎えに行くから」

 それは、藤代と同伴する時間がなくなることが解っていながら発した言葉であった。迎えに行けば、ホステスとして初の実績となる、同伴を棒に振ることになる。

 日帰り温泉と豪勢な食事という手間賃をかけたホステスに突然、同伴を断られたら、藤代はいい気持ちはしないはずだ。二度と自分を『銀華』で指名しないかもしれない。

 一度、紗耶香と電話を切り藤代に事の次第を報告してから電話を折り返す方法もあった。だが、藤代が湯を使う時間の長短を知らない涼子は、紗耶香の抱えるいまの強い不安感を少しでも迅速に軽減する道を選んだ。

 待たせる自分より待たされる紗耶香の方が時間は長く感じ、待たされている間に不安は心の中に小さな点として増殖し、その点がつながり黒く大きな闇を作ってしまう。ただ仕事を待つだけの売れない女優時代に涼子は体験していた。

 幼いころから涼子は、人の気持ちを優先してしまう子供だった。食べようとしていたアイスを友達から物欲しげに見られ、「あげる」と手渡してしまい、後で家に帰って母に抱きつきながら泣いてしまったこともあった。

 女優になってもその気質は変わらなかった。涼子は自分と同列の女優が大勢キャスティングされた単館上映の映画に出演したときを思い返す。

 撮影の休憩時間になるたび、ほかの女優たちは監督やプロデューサーを取り囲み、次作へ抜擢してもらおうと躍起になっていた。しかし涼子は、その光景を遠巻きに眺めるだけで、マネージャーから「もっと貪欲に自分をアピールしなさい」と言われても、首を縦には振らなかった。

「監督もスタッフさんも、わたしたちが寝ている間も休まず仕事をしてくださっているんです。端役のわたしがみなさんの僅かな休憩時間を奪うことなんてできません」

 そんな、思い出したくもない過去を振り返りつつ、部屋に戻って来た藤代に、涼子はプライバシーに配慮しつつ事の次第を覚悟して打ち明けた。「いまから迎えに行く」と言ったことも添えて。

 あえて紗耶香の名前を伏せたのは、藤代は『銀華』で紗耶香を見知っているためである。紗耶香の異性関係を客である藤代に晒せば、紗耶香のホステスとしての評判が落ちてしまうからだった。

 だが藤代は、涼子の予想を裏切る反応を見せた。

「同伴は、日をあらためればいいじゃないか。今日は友達を助けに行ってあげなさい」
「日をあらためるって藤代さん、また同伴してくださるんですか……?」

きょとんとした涼子の顔を見て、藤代が笑う。

「俺は初めて会った日に涼子ちゃんのファンになったんだ。だから短い期間に3回も店に行ったんだよ。その俺が、同伴を一度断られたぐらいで怒るわけがないだろう? しかも今日は、涼子ちゃんの友情の厚さまで見せてもらった。ますますファンになっちゃうなあ」

 ガハハと、大きな笑い声で場をおおらかに和ませてくれる藤代に、涼子はただ、感謝した。

 涼子は藤代の器の大きさに甘えさせてもらうことにした。そして、紗耶香の居住地がばれない場所まで藤代の車で送ってもらい、紗耶香に荷物をまとめさせて『銀華』へ一緒に出勤した。この夜から涼子宅で、紗耶香との共同生活が始まったのである。

 自宅で紗耶香との共同生活が始まって3日後の『銀華』への出勤前。涼子は有楽町にある『はまの屋 パーラー』にいた。

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