婚外恋愛 Vol.6

婚外恋愛:コリドー街路地裏のイタリアンへ。無粋な結城に翻弄される

前回までのあらすじ

34歳、既婚者の”私”は、同じ会社に勤める妻子持ちの結城にキスされるが、1週間経った後も音沙汰がない。気になってメールすると、今夜ビリヤードをするから来ないか、との返信をもらう。コリドー街で結城からビリヤードを教わっていると、経理部の社員達が前を横切った。一瞬にして凍りついた”私”がとった行為は・・・?

第5話:コリドー街のプールバーにて、板チョコのように全身が溶ける

私の会社の組織には、5部門の配下に20ほどの本部があり、800名程度の社員が丸の内の本社ビルで勤務している。その中でも経理部と人事部は同じフロアの為、普段から通路等ですれ違うせいか、何となく彼らが経理部の社員と分かったのはそんな実情からだった。つまり、彼らも私を知っているかもしれないし、それに、フロアこそ違うが、本部長職に就く結城さんに関しては、一方的にでも知られている可能性が高い。

すぐに伝えたほうが良いと思い立ち、結城さんの傍に寄って耳打ちする。彼らを一瞥すると結城さんは知らない様子だったが、ふいに薄い笑みを浮かべると、出よう、と言った。結城さんが慣れた手つきでキューをケースにしまい、出口に視線を向け、先に行っててと合図した。

当たり前と言えば、当たり前だ。あらぬ噂を立てられるのは、迷惑に決まっている。確かに、結城さんと私がふたりきりでビリヤードをしているのは、傍から見たら妙かもしれない。もっとも、相手が私達の事を知っていれば、の話だが。

とは言え、例によって、かの結城さんだ。女性社員から絶大な人気を誇る結城さんである。今までにも色々な「オンナノコ」と「ふたりきり」でデートなぞ、きっと何回もしているだろう。仮に気付かれてしまっても適当にはぐらかすことだって出来るのではと思っただけに、隠れるように即出ようと言った事に、内心少し驚いた。まぁ、本当に、当たり前と言えば、当たり前なのだけど。

プールバーを出て、階段を登り、地上へ上がる。一旦危機を脱したような気にもなったが、オフィスと隣駅の界隈にいる以上、また誰かと遭遇するかもしれない。ましてや金曜日の銀座コリドー街なんて、飲み会のメッカではないか。冷静に考えれば察しのつくことが、次々と思い浮かんでくる。結城さんの誘いに有頂天になり、後先考えず喜び勇んでここまで来てしまった自分を戒めたい気持ちになった。

ここは自ら解散を申し出ようと心に決め、背後から結城さんが階段を上がってくる気配を察知すると、大きく後ろを振り返る。その勢いで、あの、と最初の言葉を発しようとした瞬間、

「旨い店が近くにあるんだ。そこに避難しよう。」

と、あの雨の日の交差点で見せた悪戯っぽい笑顔で結城さんが言った。

胸がキュンとする、というのは、この瞬間だろうか。埃をかぶった卒業アルバムを開いたかのような感覚を覚える。言いかけた言葉を喉の奥に押し込み、もはやコクンと頷くしかなかった。


「席空いてるか確認してみるよ。」

結城さんが小さなビルの階段を上がっていく。

外で私が待つここは、銀座コリドー街の小さな路地裏。賑やかなメイン通りから一本入っただけなのに、空気が少し違うのは不思議だ。僅か数分前までプールバーにいたのが、既に夢のよう・・・、いや、そもそも今も夢のようだ、と思い直し、店員と話しているだろう結城さんの横姿を階段下から見つめて、心が舞い上がる。

ついさっきまでの状況を考えれば、ほとほと人間とはげんきんなものだ。頭の中のもう一人の私が呆れているのを尻目に、おいでと手招きする結城さんに気付くやいなや、いそいそと階段を上がり始める。

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