「このお肉、すっごく美味しいです♡」
そういって、六本木のメキシカンレストランで舌鼓を打つのは、優子の同僚で同じく大手PR会社勤務の玲子(24歳)。一言でいうと、とにかくモテそうな女の子だ。
シンゴはただひたすら笑顔で、「うんうん」と丁寧に肉をとり切り分けていた。
―玲子はわかりやすくミーハーなんで、インスタジェニックで美味しいお肉なんかが食べれるお店に誘ったら良いと思いますよ。そうですね…例えば、誘い文句は「薪で直火焼きするメキシカンビーフのお店に行かない?」とか。―
あれだけ失敗だった合コンからデートに繋げられたのは、後輩もとい、東京を知り尽くした優子大先生から、ありとあらゆるアドバイスを受けてのことだった。
エキゾチックなインテリアに囲まれ、メラメラと燃える焚火に炙られた極上のリブロースを、様々な角度からスマホで写真に収め、淡い画像加工と大量のハッシュタグを付けてインスタやその他SNSにアップする様は、まさに優子の予言した通りであった。
ゆれる炎とリブロース、そして美酒に酔いしれていく。
―後はせっかくのメキシカンなんで、樽で熟成させた甘~いテキーラでも飲みながら、仕事の愚痴を聞いてあげればバッチリですよ♡―
なんてことを言うのだ!と思いつつ、めったに地方ではお目にかかれない、洗練されたルブタンの似合う若い美女を目の前に緊張していたのか、シンゴはもはやアドバイスに従う他なかった。
「最近、私の担当してるPRの仕事が炎上しちゃって…。私の会社、PR会社でも大手だから世間からの叩きも凄くって…。」
酔いが回って来たのか、仕事の愚痴を言いだした玲子。予定調和もいいところだ。
偶然だが、店内の薪の炎が、より一層彼女の仕事の炎上話に、臨場感を添えていた。
「大変だね…。でも、頑張ってる女の子ってすごい素敵だと思うよ。」
どんなにつまらない愚痴でも絶対に肯定するのは、さすがに彼自身、営業経験が長いだけのことはある。
持ち前の傾聴姿勢で、だんだんと良い雰囲気になっていく二人の会話。
そんな中ふと、優子の気になる一言が頭を過った。
―これだけ全力でアドバイスしたんですから、デートの日は必ず玲子を口説いて、持ち帰ってくださいね。約束ですよ。―
恋のジェットコースターに、心はガラスの少年のごとくひび割れる。
ほとんどアドバイス通り、恐ろしく物事が進んだことに、正直なところ少しだけシンゴは舞い上がっていた。
―これは、もしかしてもしかするんやないか?―
淡い期待が頭の中を駆け巡る中、気付けばかなりの長い時間、二人は楽しく話し込んでいた。
そのままの流れで結局二軒程ハシゴをして終電も逃し、気持ちよく酔っぱらっていた二人は、心なしか、たまに手が触れ合うくらいの絶妙な距離感で、六本木通りをトコトコと歩いていた。
―ここは圧倒的当事者意識を持ってして、勝負するしかない!―
「この後、ウチに来ない?ジブリ系のDVDめっちゃあるし。」
男気を振り絞りながら、ここにきて30点以下の誘い文句に、玲子はこう答えた。
「私、社長系の人にしか抱かれないって決めてるの。ごめんね。」
― 社長「系」ってなんやねん…! ―
心の中でつっこみを押し殺しながら、「気をつけて帰ってね」と引きつった笑顔のシンゴを他所に、社長「系」らしき人に貰ったであろうタクシーチケットで、颯爽と帰っていく玲子。
そして、翌朝シンゴから優子への「フラれてしまいました。」報告のLINEを見て
―ふふっ。そんな簡単に口説けるわけないっつーの…。しかし、玲子もあいかわらずだな(笑)―
またしても予言通りとばかりに、これまで見せたことのないような不敵な笑顔の優子の姿が、そこにはあった。
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