リアル働きマン葉子!黒革の編集手帳 written by 内埜さくら Vol.10

リアル働きマン葉子!後ろめたい異性と会えば会うほど蟻地獄

前回までのあらすじ

食雑誌である『月刊東京ウォーキング』の編集者・高嶋葉子(35)は、この道10年目の中堅、未婚、彼氏アリ。

誠実で愛すべき 年下彼氏である橘 京太郎(28)でおうちデートの真っ最中、甲斐甲斐しく料理を作る葉子の足に刺さったピアス……

「信じる」と決めた葉子の前に、また新たな“コムスメ”という強敵が……。しかも年下彼氏の同級生という微妙な中ボス……!

(梨沙ちゃんだっけ。かわいい顔してるのに感じが悪い子だったな――)

 葉子は昨夜、京太郎と京太郎の大学時代の友人、槇本梨沙と、梨沙の従兄弟だという広瀬雅人の4人で飲んだことを思い出しつつ、編集部で作業に没頭していた。

 梨沙は一見、地味な印象を与えるが整った顔立ちをしていた。目がとびきり大きいわけでも、鼻が高いわけでもないのだが、パーツがあるべきところにぴたりと収まっているというべきだろうか。

 額を出した、染めていないセミロングヘアがさらに、清淑だがどこか影がある魅力を添えている。胸の奥底には燃えるような烈情を抱えていそうなのに、見た目は慎ましい。葉子が感じたのは、そんなちぐはぐな第一印象だった。

 その、京太郎の大学時代の友人である梨沙に、「今夜だけ、おふたりのお邪魔しちゃ駄目ですか?」と、甘えるように言われたら、自分が断るわけにはいかない。

黙り込みうつむく京太郎の顔を覗き込み、「ねえ、たまにはいいんじゃない?」と勧めたのは、葉子自身にほかならなかった。
 話してみると人なつっこい人柄の梨沙に、葉子は当初、好感触を持った。

「大学時代の京太郎って、もう本当にモテてモテて、ほとんど講義に出ないくせに有名人だったんですよ。私なんて、全然相手にされなかったんです」

「こんなかわいい子に目が向かなかったの? 京太郎」

「いや……」

 4人になってから急に口数が減った京太郎を補うかのように、広瀬が言う。

「梨沙はね、気が強すぎるところがあるんですよ。大人になったら少しは収まるかなと思っていたけど、これがなかなかどうして、まったく変わらない。少しぐらいかわいくても気が強すぎるっていうのはいただけないですよねえ、京太郎さん」

「ひっどーい! 私だって少しは大人になったんだから」

「なってない、なってない。だからいまだに彼氏がいないんでしょ」

「違います。言い寄る人はいるけど、私にはほかに好きな人がいるんだもん」

 2人の掛け合いと、少女のような物言いで広瀬に抗う梨沙に思わず葉子はくすりと微笑んだが、梨沙のひと言で京太郎の瞳が翳ったのは気のせいだっただろうか。

 ここまでは和やかな酒席だった。

 だが、葉子が席を立ち、トイレから戻ろうとしたときに事態が一変した。酒に酔った梨沙が暴言を吐く姿を、葉子が目撃してしまったのだ。葉子が戻ることを知ってか知らずか、梨沙が言う。
「京太郎って年上好みだったんだ。あんなおばさん、どこがいいの?」
「梨沙、やめないか」

 広瀬がややきつめの語調で諭す。

「だって7歳も年上なのよ。私たちより先に皺ができて、見た目が老いてくことに、よりどりみどりの京太郎が耐えられるの? そのうち若い子を選べばよかったって後悔するに決まってるわ」
「梨沙、それ以上言うと本気で怒るぞ」

 怒気を含んだ声と鋭く睨むことで梨沙を萎縮させた広瀬が、京太郎に向き直った。

「僕はいくら若くても梨沙みたいな気が強い我儘娘より、酸いも甘いも噛み分けた、大人の女性のほうがいいけどね。そうですよね、京太郎さんも」

 広瀬のこの気遣いのおかげで、葉子は素知らぬ顔をして席につくことができたが、梨沙の発言にぐうの音も出ないのが本心だった。
先に老いていく自分を見て、京太郎は嫌気が差さないだろうか。そんな未来も想像して、自分との交際を考えてくれているのだろうか。

葉子は京太郎によって払拭されていた不安が、息を吹き返しかけていることを感じた。だからこそ、今日になっても何度も、梨沙が発した昨夜の「おばさん」という口舌が蘇ってしまう。
(わかっていることだけど、言葉にされると辛いわ……)

 自分はもう若くはない。

そして世の中には、若い女を選びたい男が星の数ほどいることは、充分すぎるほどわかっている。だから京太郎に告白されたときも、「私でいいの?」と聞いた。

「葉子は気が強い振りして仕事を頑張ってるけど、本当は弱いよね。僕の前では強がらなくていいから。無理しないでよ」

 交際してから3ヶ月ほど経ったころ、京太郎の自宅ですごしているときにそう言われて、笑ってやりすごそうとしたのに、日ごろ抱えていた仕事のストレスが堰を切ったようにあふれてしまい、はからずも泣いてしまった。女を年齢だけで判断せず、愛してくれて秘めた心のうちを理解してくれる人もいる。そう信じていたはずなのに、赤の他人のひと言で揺らぐなんて――。


 自分に苛立ちながら無意識にパチパチパチと大きな音を立ててパソコンのキーを叩いていると、くすくすという笑い声が自分に向かって放たれている。

 顔を上げて葉子は驚いた。

「才島さん、どうしてここに?」
「編集長と打ち合わせがあって、いま終わったところです」

 笑いながら才島が続ける。

「すみません、つい笑ってしまいました。そんなに険しい顔してパソコンに向かってるのがおかしくて。なにかあったんですか?」

「いえ、なにも……」

「そんな顔をして、なにもないわけがないでしょう。どうですか、気分転換に外で食事でもしませんか? あのときあのまま帰してしまって、後悔していたんです」

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