2015.08.04
今回、紹介する店は銀座でも知る人ぞ知る、間口の狭い店である。 行きたいならば常連に導かれるのが望ましい。
料理も接客も上質であることは言うまでもない。閉じていれば手強い扉も、開いてみれば奥には楽園が広がっている。
木造3階建てで半世紀以上、この和食店が守る大切なもの『むとう』
見慣れた景色が変っていくのは寂しいものである。『むとう』は昭和28年(1953)の創業以来、数寄屋通りの一角を占め、仕舞た屋風の店構えは街の風景の一部を成してきた。池波正太郎や吉行淳之介など、昭和の作家が愛した銀座。
この街にはきら星のごとき名店がひしめいているが、古き良き時代の風情を残す店は、ごくわずかしかない。貴重な店であった。それが気が付いた時には店が取り壊されていた。また、ビルになるのかと少々、がっかりしていたら、2010年暮れに完成したのは木造3階建ての一軒家だった。
これが嬉しくなくてなんであろう。木の香漂う白木に囲まれた入り口をくぐる。前よりも開放感があり、店内は明るくなった。守るべきものを守り、変えるべきものを変え、この店は新たな歴史を重ね始めている。
料理は奇をてらわない日本料理を守る。夏は鱧とすっぽん。冬はふぐが料理の主役だ。飾り切りにした南瓜で卓上に錦秋を演出する前菜など、盛りつけでも楽しませてくれるコースもあれば、「北あかりのポテトサラダ」や「丸干しいわし」といったカジュアルなアラカルトも。
要はプライベートでも接待でも用途に合わせて料理のタイプを選べるわけだ。ちなみにアラカルト、女子1番人気は「海老しんじょう揚」、男子1番人気は「出し巻玉子」なんだとか。
そして、忘れちゃならない、「鯛茶漬」。三代目女将、武藤みどりさんが料理長に、これだけは伝統の味を守ってと懇願した看板メニューである。鯛に炒ってから出刃包丁でザクザクッと切った胡麻に醤油ベースのタレを和えて出す。
刺身で食せばコリッと弾力のある鯛に、熱々のお茶をかけて、身がフワッと柔らかくなったところをズズッとかっこむ。半世紀以上に亘って、この店の客が舌鼓を打ってきた味。その味は21世紀の今も新鮮な衝撃を与えてくれる。
この記事で紹介したお店
日本料理 むとう
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