2015.07.29
素敵なオトナになりたいなら、ワインと文房具を愛しなさい Vol.4真夏の東京。レストランでは早くもクリスマスに向けての準備がはじまっている。季節感のない話と思われるだろうが、事実そうなのである。
今回は、人一倍の熱意を持つサービスマンたちの話。文房具カフェの代表でありソムリエでもある奥泉徹が、人気レストランCasita(カシータ)の元総店長 柳沼憲一さんをゲストにお招きし、実際にレストランで起こした「奇跡」について、お話を伺った。
(協力:浅草むぎとろ 本店)
真夏のクリスマスディナーミーティング
2002年夏、後に「奇跡のレストラン」と呼ばれるカシータで、当時ホールスタッフだった柳沼さんはクリスマスディナーに向けてのミーティングでふと思いついたアイデアを口にした。
「クリスマスディナーに、店のテラスに雪を降らせられないか?東京でカシータだけ、ホワイトクリスマスをやるのはどうだろう?」
唐突な柳沼さんの一言に他のスタッフからは失笑が漏れた。しかし、柳沼さんは直感していた。
「東京のレストランの中でカシータだけ、ホワイトクリスマスのディナータイムが創れたら……最高のクリスマスを演出出来る。」
その瞬間の温度を書き残した数千冊のメモ帳
このときのアイデアを、柳沼さんはいつも仕事中に内ポケットに入れて持ち歩いているメモ帳に書き留めた。
「レストランにおけるサービスは形がなく、その瞬間瞬間に感じた温度が大切です。それでも、毎日のルーティンワークの中では次の日には自分の都合よく忘れてしまうことが多々あります。なので、ふと思いついたアイデアやお客様の様子を見て感じたことなどを、その瞬間にメモに残すことを徹底していました。」
カシータに在籍していた約10年のあいだに、柳沼さんが書き残したメモ帳はなんと数千冊に及ぶという。
そうして日々お客様を迎える中で、月日はあっという間に流れクリスマスディナー本番前日を迎える。その日の営業終了後、先輩スタッフが柳沼さんを呼び止めた。
「群馬県の月夜野ってところまで行けば積もった雪があるらしい。レンタカーで4tトラック借りといたからこれから行くぞ!」
真夏のミーティングで柳沼さんが口にしたアイデア。時折りメモを見返しては、「クリスマスにうちのテラスに雪を降らせたい」と、仕事中にも何度か口にしていた。そんな柳沼さんのサービスに対しての熱意や姿勢に、先輩スタッフは共感してくれていたのだった。
東京で唯一のホワイトクリスマスディナー
レストランの締め作業を終え、真夜中に高速道路で群馬へ向かう。積もった雪をシャベルでトラックいっぱいに積み込んだ。休む間もなく六本木のカシータに戻り、テラス一面に雪を敷き詰めた頃には、朝日が眩しく昇っていた。今夜、店を訪れるお客様の驚きの声や笑顔が鮮明にイメージできたという。
東京に数多あるレストランで、クリスマスディナーに唯一雪を積もらせた「奇跡のレストラン」。「他のスタッフは雪一面のテラスを見て、大笑いして呆れてましたよ」と柳沼さんは笑って言った。
その笑顔を見ながらこう思った。奇跡は柳沼さんのようなスタッフ一人一人の温度や想いが積み重なった結果なんだなと。クリスマスはまだまだ先の話だが、レストランのサービスにはこんな思いが隠されていると思うと、また一つ楽しみ方が広がるのではないだろうか。
※ 現在、レストラン カシータは青山に移転しています。
○柳沼 憲一(やぎぬま けんいち)
サービスクオリティマネジメントオフィス「フラットスリーマネジメント」代表。
1976年生まれ。イタリアンリストランテを皮切りに、学生時代はピザ店、イタリアンダイニングバーのアルバイトに明け暮れる。20代前半に下北沢「DUKE」などでバーテンダー・店長業務を経て、2002年、開業間もないレストラン「Casita」に参加。各マネージャー職を経て、2005年、移転のタイミングでカシータ青山本店を任される。2008年、業務拡大により総店長に就任。現場の運営全般、統括業務、コンサルティング部門、ケータリング部門など、ほぼすべての業務に関わる。2012年、カシータを退職し現職。人と人が関わる業種は全てサービス業と捉え、様々な現場でサービスリノベーションや提案を行う。
著書:『人気レストラン元総店長が語るサービスの本質』
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