2015.06.07
ドクターたちの恋愛事情 Vol.4とあるマンションの前でタクシーが止まった。
二軒目を口実に、麻里の家に誘われたのかと思い、健太郎は年甲斐もなく鼓動が早くなったが、壁に密やかに掲げられた『ガランス』の文字に、早とちりしてしまったことに気付き独り赤面した。
ー焦るな。勝負はまだこれからだ・・ー
扉を開けると、オープンキッチンの様子を見渡せるコの字型カウンターに、業界人らしきミドルたちが静かにワインを片手に談笑していた。端の席に陣取り早速インドワインをオーダーした。メニューを見ると、和洋中エスニック、果ては本格的な南インド式チキンカレーまでそろう多彩さ。ドリンクも同じく、ビールにキンミヤ、シャンパンに日本酒と幅広い。
麻里の会話に似たバラエティの豊富さに、つくづくレストラン選びはその人を表すものだと感心する。
ほんのり頬に赤みがさした麻里が健太郎に問いかける。目が潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「健太郎さんって、女性にモテると思うけど何で彼女いないの?よっぽど遊んでるの?」
呼び水を差してくれた麻里に、健太郎は心の中で勝負の狼煙をあげる。
健太郎は、ぐいっと手元にあったインドワインを飲み込む。複雑な味わいが、長い間潜伏していた細胞のスイッチを刺激したのか、急に気が大きくなる。カウンターごしに、体ごとぐっと麻里の方を見る。麻里の黒いワンピースから覗く膝小僧が健太郎の太ももに触れる。
ー麻里優勢だったこのムードを逆転させ、いくところまでいってみるか。ー
「麻里ちゃんみたいな女の子がいなかったからね。」
またまたーと声をあげて笑う麻里。まんざらでも無さそうに笑っている気がするが、変幻自在な麻里のこと、まだ掴めない。ジャブで伝わらないなら、次はストレートを打ち込むしかない。
「まだ出会って2回目だけど、麻里ちゃんに惹かれてる。彼氏がいるのはわかってるけど、真剣に考えてくれないかな?」
麻里はきょとんとした顔でこちらを見る。そしてしばしの沈黙。
何か変なことを言っただろうかと不安になりながらも、先ほどの言葉を反芻し一字一句をなぞってみたが、差し当たっておかしなところは見つからない。不安をかき消すように言葉を重ねようかとも思ったが、ぐっと思いとどまる。ボールは投げた。次は麻里のターンだ。
しばらくしてから、麻里は沈黙を破った。
「健太郎さん、勤務医よね・・・?」
想定していた言葉と全く違うワードが降ってきて戸惑う。
「そうだけど。それが何か?」
とっさに身構えた健太郎に、麻里は、明朗快活に悪びれもなく笑顔で答える。
「ごめん、私勤務医とは付き合えない」
オファーに対する麻里のNOの意思は伝わったが、勤務医とは、って何だ??健太郎の心の中を見透かすように麻里は言葉を続ける。
「勤務医ってサラリーマンとぶっちゃけお給料あまり変わらないじゃない?それに加えて、合コンでも言った通り、時給換算するとコンビニバイト並み。過疎地なら勤務医でも高給で迎え入れられることもあるけど、都内の勤務医のお給料なんてかわいそうになっちゃう。」
麻里の魅惑的な唇から繰り広げられる、言葉の意味を脳内変換できず健太郎はあっけにとられる。そんな健太郎の様子などお構いなしで、麻里は更にマシンガンを撃ち続ける。その様子は、せき止められていたダムが開門され、水が一気に流れ込むようかのよう。
「食事中も映画館でも病院からの電話を気にしてないといけないし、土日も仕事だバイトだで潰れることも多いでしょう。事情を知らない軽薄な女に異様にもてて勘違いしてる人も多いし、無駄に当直があるもんだから、外泊の言い訳もしやすいのよね。年配のMRさんにも「先生」なんて呼ばれるもんだから、無駄に偉そうな人が多いのも特徴よね。あ、まさに合コンで意気揚々と演説してたサトシさんがそんな感じかな?」
麻里の歯に衣着せぬ痛快な発言に惹かれた健太郎だが、あまりの言葉の破壊力に健太郎の心はサンドバッグのように悲鳴をあげる。
もちろん、健太郎は、サトシほど医者という肩書きを利用してきたわけではないが、確かに、医者になってからというもの輪をかけてモテ、両手両足の指の数を足して余るほどの女性達とアバンチュールを楽しんだ。短命政権もあれば、連立政権となってしまった時代もあった。
女性たちが「先生」と甘い声を出すものだからいい気になってしまっていたところはある。
ーこの女、一体・・ー
健太郎が呆然としてると、最後にトドメの一発。
「とゆーわけで、私、付き合う人は、勤務医は絶対嫌なの。ごめんね!」
こうして医師・健太郎と、代理店女・麻里との初デートは、健太郎劣勢のまま一度も巻き返すことなく、麻里のラストスパートのスキル発動により健太郎のKO負け。終了のゴングが鳴り響き、健太郎はマスターに向かって白旗を揚げるようにチェックの合図をした。
初夏の風のような爽やかな健太郎の恋の予感は無残に弾け散ったのだった。
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