A1:「ちゃんと考えている」その言葉が、決め手だった。
龍太と出会ったのは、共通の友人の食事会だった。36歳になって、そろそろ結婚を真剣に考えなければ…いや、「そろそろ結婚しないとやばい」と思い始めていた頃のことだ。
35歳でメガバンク勤務の龍太は、収入も安定していた。「いい人だよ」と紹介してくれた友人の言葉通り、清潔感があって会話も知的だった。
「また会いたいな」
食事会の帰り、龍太の方からLINEが来た。次のデート、その次のデートと重ねるうちに自然と付き合っていた。龍太からのアプローチは、いつも丁寧だった。
そして交際して半年が経った頃、龍太から同棲の提案をしてきた。
「そろそろ一緒に住まない?ちゃんと考えているから。プロポーズも、もちろんその先のことも」
36歳の私には、除夜の鐘以上にガンガンと鳴り響く言葉であり、何より渇望していた言葉でもあった。
私に、同棲を断る理由はなかった。
とんとん拍子に進んでいく引っ越しの話。
ただし、最初から少し引っかかることは幾つかあった。まず、物件を探しについてだ。
「奈緒、エリアなんだけど勝どきでもいい?僕らの予算を考えると、その辺りか有明しかなくて」
彼の勤務地は大手町で、私は六本木。たしかに大江戸線を使えば一本かもしれないけれど、勝どきエリアには縁もゆかりもない。
「そうなの?どういう条件で探しているの?」
「二人で住むなら、最低60平米は欲しいでしょ?そして2LDKは死守したいよね…」
「そっか」
そう返事をしながらも、私の中では若干のモヤっと感があった。
― もう少し、先に相談してくれても良いのに…。
でも、家賃を多めに支払ってくれるという龍太に対して、私の意見を言う余地はほぼない。
また引っ越す前に、龍太はすでに“家具の候補リスト”を作ってきた。
アパレル勤務の私は、インテリアにはこだわりもあったけれど、エクセルにびっしり書かれたリストを前に、なんとなく言い出せない雰囲気を感じる。
「龍太、すごいね…。全部任せっきりにしちゃってごめんね」
「ううん。一緒に住むなら、ちゃんとした部屋にしたいし。二人で住む家だから、こだわりたいじゃん?でも、奈緒の意見を聞くから何かあったら言ってね」
「そうだね。ありがとう」
彼はそう言ったものの、実際はほとんど決まっていた。
そして同棲開始と同時に、厳密なルールも設定された。
掃除はほぼ毎日すること。ただし時間を要する本格的な掃除は、週末の午前中にする。食器は食後すぐに洗う、洗面台は使ったら拭く、洗濯は週に2~3回…。
正直、これを言われた時に私が咄嗟に思ったのは「面倒くさい」だった。
でも一緒に暮らしていく上では、必要なことだと思うから文句は言わなかった。
それに、最初は幸せだった。新居に二人の荷物が交ざり合って、初めて作った朝食の匂いが部屋に広がり、日曜はコーヒーの香りで目が覚める…。
― このまま結婚かぁ。
そう信じていた私にとって、少なくとも最初の2ヶ月は良かった。






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