港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「まさか…」7年ぶりにインスタでつながった彼女。コメントで知った驚きの事実とは
― 2度と来ることのない場所だと思ってたけど。
麻布十番駅から徒歩10分弱。二の橋近くにあるこのビルでの待ち合わせがYUMEの指定だと聞いた時のともみの驚きは、後ろめたさや怖れなどが入り交じった複雑なものだった。
YUMEが歌えなくなったのも、それが違法な整形のせいであることをともみが知ったのも、まさにこのビルでの出来事だからだ。
― YUMEにとっても、思い出したくもない場所のはずなのに。
受付で松本公子の名を告げると、パスをもらい指定された部屋がある6Fへと向かう。このビルは、一棟丸ごとある音楽レーベルが所有し、鏡張りのレッスン室やジム、カフェやシャワールーム、さらにはホテルのような宿泊施設もある。泊まり込みで作品作りができる音楽スタジオで、ともみが、アイドルグループ“QUINTZ-G(クインツ・ジー)”のメンバーだった頃の一時期には、住んでいた、が過言ではないほど通っていた。
― Nebula(ネブラ)
重厚な防音扉の横に掲げられたネオンサインの文字を、声に出さずに呟く。このビルにある3つのレコーディングルームにはそれぞれ名前が付けられていて、このNebulaは星雲。宇宙の塵やガスが集まり、新しい星々が誕生する“星のゆりかご”。様々な才能が混じり合い、新しい音楽、新しいスターが生まれていく場所、というイメージでつけられたらしい。
こんなに重かった?…と防音扉を開けると、「あら。ともみは相変わらず10分前には到着ってタイプなのね」と、公子に迎えられた。
「真壁ちゃんは、韓国から戻る飛行機が時間通りに飛ばなくて、羽田到着が遅れてるらしいの。でも空港から直で来てくれるから」
かつてQUINTZの音楽ディレクター兼プロデューサーだった真壁リオは、今や世界中からオファーを受ける売れっ子になっている。彼女も同席の予定だとは今知ったけれど、何の感慨もない。それよりも。
― 案外、平気なものだな。
TOUGH COOKIESにやってきた公子に、今SNSで話題の歌い手がYUMEなのだと映像を見せられた。AIで描かれたキャラクターが歌っていたけれど、その声はあまりにもYUMEのままで、血の気が引いて倒れかけた。だからこのビル、ましてやこのレコーディングルームに入れば、また体が反応してしまうのではと覚悟をしてきたけれど、どこか他人事のように冷静でいられている。
「だいぶ懐かしいんじゃないの?そこに座って」
公子に促されたのは、壁二面に沿うように置かれた10人は優に座れるL字ソファー。あの頃は新品だったはずの深い緑が随分と色あせ、もう落ちないのであろう染みが全体に散らばっている。過ぎ去った年月を感じながら、ともみはL字の角に腰を下ろした。
「ともみさんが同席するならば、公子とも会う」
そう言ったというYUMEはまだ来ていない。公子は分かりやすく浮かれ、絶え間なく喋り続けていたが、ともみはいちいち応えるつもりもなく、携帯に目を落としたままやり過ごした。
そして約束の時間を10分ほど過ぎ、もしかしてすっぽかされるのでは、と公子が慌て始めた頃、重い扉がゆっくりと軋んで――現れたのは。






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