麻莉奈の両親は、紗和子が名の知られたギャラリストであること、さらにその実績も評判もクリーンであることを調べ上げた上で、ヨーロッパではもう成人であった麻莉奈の意思に委ねた。
まるで自由な渡り鳥のような性質だった麻莉奈は、「紗和子さんについていくの、面白そう!」と二つ返事で所属することを決めた。
そして麻莉奈は、日本へやってきた。日本語は話せるが日本では一度も生活をしたことがなかった麻莉奈を、紗和子はしばらく、自分と恋人が住むマンションの一室に住まわせたという。
「困ったことに、麻莉奈には全く生活能力がなかったんです。本当に作品を作ること以外に興味がないみたいで、没頭すれば倒れるまで食事をせず、それを注意するとコンビニで大量のお菓子やインスタント食品を買い込んできてしまう。
アーティストは体が資本です。健康でなければ作品を作り続けることができない。だからうちで面倒を見ることにして、彼女の食事を私の婚約者が作るようになったんです。うちでの家事分担は、料理上手な彼女が食事係、掃除や洗濯は私、という配分でしたから。
私の婚約者は私の4つ年下でしたけど、私たちにとって、麻莉奈は手のかかる娘のような存在になりました。結婚生活が落ち着いたら、いつの日か子どもをもらい受けたいという夢を話していましたから、その予行練習みたいだねって笑って」
そうして麻莉奈は、公私共に、紗和子の完全バックアップを受け、日本、そして世界中を飛び回り作品作りを続けた。その作品数が一定数になると、紗和子は自分の持てるコネクションを惜しげなく使い、麻莉奈のプロモーションを始めた。
やはり才能には間違いがなかったのだろう。そこに“アート界のキングメーカー”と評される紗和子の手腕が加わり、まさにシンデレラストーリーのごとく、麻莉奈は瞬く間に世界中の注目を集める存在になっていく。
「その時の私は、他の作家さんとの契約をお休みさせてもらって、麻莉奈の売り出しにだけ集中していました。必死でしたよ。まさか…予行練習の…擬似娘に、婚約者を奪われるなんて…想像する暇もないくらいにね」
ともみは先ほど、紗和子の携帯で見た「後藤麻莉奈、NYで同性婚!お相手は美術館のキュレーター」という記事を思い浮かべる。確かアメリカ人女性と書かれていたように思う。
「飼い犬に手を噛まれるとはこのこと…って、麻莉奈は飼い犬ってタイプじゃありませんけど」
フッと微かに口角を上げて黙り込んだ紗和子は、自らグラスに氷を足すと、カラカラとそれを指先で弄んだ。その沈黙をしばらく待ってから、ともみは遠慮がちに先を促した。
「…恋人の裏切りに気づいたのは――いつだったんですか?」
「…もう、1年がたちますね」
記事は、つい最近のものだったはず。ということは。
「気づいていたけれど、黙っていた?」
「黙っていた…とは少し違いますけど、2人を許したんです。表向きはね。復讐計画を完璧にし、実行に移すまでには時間が必要でしたから」
▶前回:「どうして?」婚約者を信じていた人に奪われ、茫然自失となった女はその後…
▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
▶NEXT:3月24日 火曜更新予定







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