「その声は…Font Màgica(フォント・マジカ)――『魔法の泉』を見下ろす、カタルーニャ美術館の脇にある古いテラスからのようでした」
紗和子は懐かしむように、目を細めた。
「魔法の泉の周囲はいつものように、噴水ショーを待つ観光客でごった返していて、浮かれた喧騒が丘の上まで響いてきていました。でも、その石造りのテラスのあたりだけは、まるで真空状態のように、その下手な歌声以外の音が消えたかのようで…私はそちらへ向かいました」
今でもなぜ、歩いて行ってしまったのか…不思議なんですけどね、と紗和子は続けた。
「麻莉奈は今でも華奢ですが…子どもが歌いながら絵を描いている。最初はそう見えました。海外には路上の絵描きがごまんといます。普段なら気にもとめなかったかもしれない。でもなぜかその時は…」
惹きつけられるように近づいた。それが紗和子と麻莉奈との出会いだった。
「一目見て、買い付けのことなどどうでも良くなりました。あの時麻莉奈が描いていた画は、今でも私の寝室に飾ってあります。カタルーニャの賛歌、“黒い聖母”を元にした画でした。本来は黒いマリアと言われるカタルーニャの聖母を讃える、厳かな歌のはずなのですが。
当時麻莉奈は18歳でしたが…その若さなど無意味だと言わんばかりに描き殴られたそれは、まるで命の終わりが近付いた老人の独白。壮絶な業に包み込まれたような恐ろしさに、身震いして、立っていられなくなったほどです」
麻莉奈が口ずさんでいた歌こそが、その“黒い聖母”そのものだったらしい。が、そちらは、後の世界的アーティストであっても、全く才能がなかったようだ。
「噴水のショーを待つ大勢の喧騒がどんなに響いてきても、そちらを見向きもしない。彼女は、まるで自分の血をキャンバスに塗りつけているかのような迫力で没頭していた。描くというよりは闘っていたんです」
日本で暮らしたことはないけれど、国籍は日本なのだと聞いた時、これは運命だと紗和子は震えた。その時、麻莉奈が描いていた画を含め、数枚の画を買い取りたいと、すぐに両親の元へ挨拶に行ったという。
「ご両親は、夏のバカンス中でニースにいらっしゃいましたが放任主義のようで。麻莉奈は一人でふらふらとヨーロッパ中を絵描きの旅に出ていたみたいです。私は特定の宗教を持っていませんが、神なのか仏なのか…全能の存在に感謝しました。
聞けば麻莉奈は、私に出会う何年も前から路上で画を売ってきていた。それなのに、誰1人として、この恐ろしい才能に気づかなかったことを」
その後、過去に麻莉奈が作りためた作品を見た紗和子は、彫刻、木工、陶芸、そして写真や動画というデジタルの領域さえ手段を選ばぬ芸術の才能に、さらに歓喜したという。
そして紗和子は、麻莉奈に提案した。自由に作品を作れる資金と環境を提供するから、自分のギャラリーに所属しないかと。
通常、ギャラリーに所属するアーティストとギャラリー側との収入配分は良くて5対5で、紗和子のように制作支援もする場合、ギャラリー側の配分が6や7となる条件でも珍しくない。
それなのに紗和子は、麻莉奈の取り分を7とすることを申し出たという。ずいぶん破格なその提案は、芸能界でのアーティスト契約を知るともみも、聞いたことがない数字だった。
「幸いにも私は既に、もう十分な成功を手にしていたし、金銭的余裕もありました。それにあと数年で50歳を迎えるということも大きかった。これからは今までよりももっと、若いアーティストたちの手助けをしていこうと決めて…そんな時に出会ったのが麻莉奈だったので。
麻莉奈がこの先、悪質なギャラリーや強欲なアートディレクターなどの口車に乗せられて、まるで奴隷のような契約で才能を搾取され、潰されることからも守りたいと思いました。私と契約すれば、麻莉奈は潤沢な資金源を持つことになり、目先の美味しい話に騙されることもなくなりますから。
麻莉奈を圧倒的に成功させる。それが私の使命になりました。麻莉奈が新しい世界を見せてくれることは確信していましたし、期待は膨らむばかりで、私も随分久しぶりに興奮していたと思います。あの時は――麻莉奈の中に、“無邪気な悪魔”が潜んでるなんて想像すらしていませんでしたから」






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