Vol.16 <秀治>
「厄介だよなぁ。嫉妬や束縛なんて無粋なこと、だれもゆるしてくれないから」
俺と萌香が初めて交わした会話は、そんなセリフで始まるものだった。
2年前。中目黒の『ニュイ』。莉乃と正輝くんのお気に入りの店。
そこで、莉乃の皿からマッシュルームを持っていった正輝くんの姿に衝撃を受けて、萌香が店を飛び出して…。
そんな彼女を追いかけて、俺の方から萌香に声をかけたのだったと思う。
電話のふりをして外まで逃げてまで、あの2人の友情を受け入れようとする萌香の姿は、とても放っておけなかった。
まるで、莉乃と付き合い出した当時の自分を見ているようだったから。
莉乃とは10年付き合ったけれど、正輝くんに嫉妬しなくなるまでには、2~3年の時間を要したと思う。
大学のサークルの先輩後輩として莉乃に出会ったけれど、隣にはいつも正輝くんがいた。
「正輝とはなんでもないよ。ずっと昔からの親友なの」
「そうなんだ。いいね、そういうの」
理解のあるふりをしながら、内心は嫉妬で気が狂いそうだった。
あんなに前向きで、純粋で、賢い女性は他にいない。莉乃を他の誰にも渡したくなくて、アプローチをし続けて彼女になってもらった。
付き合いはじめは、ケンカも何度かしたと思う。
「さすがに男女なわけだし、正輝くんと2人きりでお酒飲むのはどうなの?」
そんなふうに素直じゃないヤキモチだって、ぶつけてみたことがなかったわけじゃない。
だけど莉乃からは日頃、こんなふうに言われていたのだ。
「精神的に成熟してるところが好き」
「尊敬できるところが好き」
「私を理解してくれるところが好き」
意見の相違がある際は、実際はケンカ…と言えるようなものではなく、ディベートのようなすり合わせが行われた。
正輝くんと莉乃の間には、友情しかない。間違いなんて、起こりうるわけがない。そんなことは俺だって頭では理解していた。
なにより、男女の友情に理解のあるフリをしてアプローチをしていた以上、撤回して泣き喚くのはルール違反というものだろう。
結果、莉乃の意見に合わせるしかなかった。
莉乃は迷わない。就活も、俺に意見を求めることはなかった。会社を辞める時も、起業をする時も、俺に求められたのは“理解”と“尊重”だ。
もちろん、結婚についても。
莉乃を自分だけのものにしたくて、莉乃が就職してすぐの頃に「結婚はいつ頃したいと思ってるの?」と聞いたのだ。
でも返ってきたのは、予想外の非婚主義思想の主張と、「でも、秀治と一緒にいたいから同棲はどう?」という言葉だった。
“理解”と“尊重”に欠けた人間だと思われたくない俺は、涼しい顔をして同調した。
嫉妬には、慣れた。
まがいなりにも莉乃の方から同棲を持ちかけてくれたことで、多少は満たされる部分があったのかもしれない。
慣れと虚勢で男女の友情を肯定し、莉乃のそばにいることを選んだ。
9年も経てば自分でも、本当に理解者になったのだと思えた。
でも──2年前のあの夜。
「ごめんなさい、用事を思い出して。ちょっと一本電話してきます」
そう言って店を飛び出していく萌香を見て、俺の中の何かが決壊したような感覚があった。
慣れではなかった。鈍麻だった。痛みはまだそこにあった。
だけどそれは、精神的に成熟した、尊敬できる、理解のある大人にはゆるされることのない、嫉妬という痛み。
そんな苦悩が萌香の姿に重なり、思わず口をついて出たのだ。
「厄介だよなぁ。嫉妬や束縛なんて無粋なこと、だれもゆるしてくれないから」






この記事へのコメント
でもスッキリした、正輝も莉乃も友情云々やってて無神経だった事は確かだし! 秀治さんが幸せならそれでいい。
でも、「まさか最後は萌香と秀治でハッピーエンド?」というコメント前に見た気がする。大どんでん返しは面白いけど、細かい部分が全く見えなかったのはあまりにも残念。 もしかして、season2に続く?🤣