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だれもゆるしてくれない Vol.17

「別れよう…」10年付き合っていた彼女と別れを決意した、他の女の存在とは

有栖川匠

Vol.16 <秀治>


「厄介だよなぁ。嫉妬や束縛なんて無粋なこと、だれもゆるしてくれないから」

俺と萌香が初めて交わした会話は、そんなセリフで始まるものだった。

2年前。中目黒の『ニュイ』。莉乃と正輝くんのお気に入りの店。

そこで、莉乃の皿からマッシュルームを持っていった正輝くんの姿に衝撃を受けて、萌香が店を飛び出して…。

そんな彼女を追いかけて、俺の方から萌香に声をかけたのだったと思う。

電話のふりをして外まで逃げてまで、あの2人の友情を受け入れようとする萌香の姿は、とても放っておけなかった。

まるで、莉乃と付き合い出した当時の自分を見ているようだったから。


莉乃とは10年付き合ったけれど、正輝くんに嫉妬しなくなるまでには、2~3年の時間を要したと思う。

大学のサークルの先輩後輩として莉乃に出会ったけれど、隣にはいつも正輝くんがいた。

「正輝とはなんでもないよ。ずっと昔からの親友なの」

「そうなんだ。いいね、そういうの」

理解のあるふりをしながら、内心は嫉妬で気が狂いそうだった。

あんなに前向きで、純粋で、賢い女性は他にいない。莉乃を他の誰にも渡したくなくて、アプローチをし続けて彼女になってもらった。

付き合いはじめは、ケンカも何度かしたと思う。

「さすがに男女なわけだし、正輝くんと2人きりでお酒飲むのはどうなの?」

そんなふうに素直じゃないヤキモチだって、ぶつけてみたことがなかったわけじゃない。

だけど莉乃からは日頃、こんなふうに言われていたのだ。

「精神的に成熟してるところが好き」
「尊敬できるところが好き」
「私を理解してくれるところが好き」

意見の相違がある際は、実際はケンカ…と言えるようなものではなく、ディベートのようなすり合わせが行われた。

正輝くんと莉乃の間には、友情しかない。間違いなんて、起こりうるわけがない。そんなことは俺だって頭では理解していた。

なにより、男女の友情に理解のあるフリをしてアプローチをしていた以上、撤回して泣き喚くのはルール違反というものだろう。

結果、莉乃の意見に合わせるしかなかった。

莉乃は迷わない。就活も、俺に意見を求めることはなかった。会社を辞める時も、起業をする時も、俺に求められたのは“理解”と“尊重”だ。

もちろん、結婚についても。

莉乃を自分だけのものにしたくて、莉乃が就職してすぐの頃に「結婚はいつ頃したいと思ってるの?」と聞いたのだ。

でも返ってきたのは、予想外の非婚主義思想の主張と、「でも、秀治と一緒にいたいから同棲はどう?」という言葉だった。

“理解”と“尊重”に欠けた人間だと思われたくない俺は、涼しい顔をして同調した。


嫉妬には、慣れた。

まがいなりにも莉乃の方から同棲を持ちかけてくれたことで、多少は満たされる部分があったのかもしれない。

慣れと虚勢で男女の友情を肯定し、莉乃のそばにいることを選んだ。

9年も経てば自分でも、本当に理解者になったのだと思えた。

でも──2年前のあの夜。

「ごめんなさい、用事を思い出して。ちょっと一本電話してきます」

そう言って店を飛び出していく萌香を見て、俺の中の何かが決壊したような感覚があった。

慣れではなかった。鈍麻だった。痛みはまだそこにあった。

だけどそれは、精神的に成熟した、尊敬できる、理解のある大人にはゆるされることのない、嫉妬という痛み。

そんな苦悩が萌香の姿に重なり、思わず口をついて出たのだ。

「厄介だよなぁ。嫉妬や束縛なんて無粋なこと、だれもゆるしてくれないから」

この記事へのコメント

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No Name
正に韓国ドラマ
でもスッキリした、正輝も莉乃も友情云々やってて無神経だった事は確かだし! 秀治さんが幸せならそれでいい。
2025/11/03 05:3123Comment Icon1
No Name
ネットフリックスの韓流ドラマでありそうな、滅茶苦茶な最終話。一番衝撃を受けたのは莉乃だろう!正輝と秀治がいれば十分だとか言ってたから。まぁでも自業自得だね。怒り狂う莉乃編も読みたかった。
2025/11/03 05:4220Comment Icon1
No Name
秀治さんの話が今まで一度も無かったからもしかしたら…と思っていたけれど、萌香ちゃんと♡
でも、「まさか最後は萌香と秀治でハッピーエンド?」というコメント前に見た気がする。大どんでん返しは面白いけど、細かい部分が全く見えなかったのはあまりにも残念。 もしかして、season2に続く?🤣
2025/11/03 05:2017
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だれもゆるしてくれない

有栖川匠


尊敬。愛情。そして、下心。

男と女の間には、様々な関係性が存在する。

なかでも特に賛否を呼ぶのは、男女の間の”友情”は成立するかどうか。

その関係は、果たして「ゆるされる」ものなのか──?

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