ともみは、メグと出会ったのはそういえば大輝に告白された夜だったと思い出す。
守秘義務の契約書へのサインは必要ないと拒んだメグに興味津々な様子のルビーが、はしゃいで聞いた。
「ミチさんの元カノさんって聞いてたので、もっとド派手なお姉さんを想像してたんですけど、こんなに華奢で少女みたいなかわいい人なんだね。超意外で、なんかもう最高!」
「ルビー失礼でしょ。すみません、この子、思った時にはもう口から出ちゃってるっていうタイプで…」
頭を下げて謝ったともみに、メグが「私、そういう子の方が好きだから」と笑って聞き返した。
「なんでミチの彼女が、ド派手なお姉さんだと思っていたの?」
「だって、ミチさんって夜職のお姉さま方にめちゃくちゃモテるんですよぉ~」
ルビーの言う通り、実はミチは、とてもモテる。けれどいつもつれない。だから百戦錬磨のお姉さまたちが、“誰がミチを陥落させるか”を競うように、あの手この手を繰り出し、仕掛けているのだが、ともみとルビーは“ミチのキスシーン”を見たことがある。
3か月ほど前、Sneetの常連客で高級クラブのNo.1キャストの女性が歩けない程酔ってしまったので(実は酔ったふりをしていたのだと、のちにルビーの調べで分かった)、ミチが抱きかかえてタクシーの後部座席に乗せようとしたとき、女性がミチの首を引き寄せて、その唇を奪った。
けれど、ミチは見事なノーリアクションで、しがみつく腕を優しく引き剥がし、運転手に発車するように告げた。
TOUGH COOKIESの営業を終えて、Sneetに寄ろうとしていたともみとルビーは、その光景をたまたま目撃。そしてキスの瞬間にルビーがもれなく叫び声を上げたことにより、あっさりミチに見つかってしまった。
その後、ミチの唇に女性の口紅がうっすらと移っていることに気づいたともみが、気まずく思いながらも指摘すると、ミチは無表情のまま、親指で残り香ならぬ残り紅をぬぐった。その仕草が色っぽすぎる!と大興奮したルビーをミチが鉄仮面のまま、うるせぇな、と一喝したところまでが1セットの話だ。
メグには言えないな、ルビーが口を滑らせなきゃいいけど…とともみが思った瞬間、メグが「ところで」と、キョロキョロと店内を見渡してから続けた。
「光江さんは何時にいらっしゃるのかな」
「え?」
「あれ、聞いてない感じ?私、今日、呼び出されたんだよね、光江さんに」
— 光江さんが、呼び出した?
「光江さんにとって私は許せない女だろうから…思い切り怒られるのかも」
「怒られるって…なんでですか?」
ともみが聞くと、メグはバツが悪そうに「私ってミチに迷惑ばっかりかけちゃってるからさ」と目を伏せた。
「ミチの眼の下の傷…あれも私を庇ったせいなんだ」
ミチには左目の下から頬にかけて3cm程の傷がある。それがまさか、恋人を庇ってできたものだったとは。
― この先って、聞いちゃってもいいのかな。
ともみが次の言葉に迷っているうちに…来客を知らせる短い音楽が、インターフォンから鳴り響いた。
▶前回:「なんとしても…」片思いの彼を手に入れるため、女がとった卑怯な手段
▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
▶NEXT:10月28日 火曜更新予定
この記事へのコメント
情景がはっきり浮かぶような書き方は本当にお見事だなと毎回感心! あの傷はメグを庇って出来たんだ、何が有ったんだろう。来週はゴットマザー登場だ! 監督vs大輝の話も気になる。