港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「人生を変えるような出会いだったからこそ…」10歳下の男に恋した大人の女の決断とは
「私ね、もうすぐ離婚するの。ようやく、離婚できるの」
質問の答えになっていない、その思いもよらぬ発言にともみは呆然としたが、キョウコは淡く浮かべた微笑みを崩さない。
大輝の相手がキョウコだと知る前も、その女(ひと)が大輝に気持ちを残している可能性は大いにあると覚悟して…だからこそ、今日ここにきた。
大輝は、“沼男”どころか“底なし沼”な男だ。知れば知るほどにからめとられて、ずぶずぶと身動きが取れなくなっていく。どこまで好きになればいいのかと、その魅力(というより魔力なのかもしれない)に底が見えないことが、ともみは時々怖くなる。
— 外見だけとかスペックだけの男ならよかったのに。
恋の相手は何より外見で選んできたともみでさえ、大輝の本当の魅力は、飛びぬけたルックスと育ちの良さよりも、その純粋さにあるのだと知り、見事にハマってしまったのだ。
大輝は愚鈍なほどに一途に人を想う。恋に落ちたその瞬間から、愛情表現に躊躇がなく、ひたすらに愛する人の幸せを最優先して守ろうとするのに、見返りは求めない。いや、本当は求めているのかもしれないのだが、自分の願いを優先することはない。
『彼女が人生で一番というくらいに苦しんで弱っていたときに、オレが付け込んで始まった関係だからさ。彼女にもういらないと拒絶されたなら…彼女が望むようにするしかないよね。一応、別れたくないとは伝えてはみたけど、ダメだったし』
それが、“人妻との別れ”の理由を聞いたともみに返ってきた、大輝の答えだった。大好きな人に捨てられて弱っていた大輝に付け込んだのはともみも同じだったから、やましさで胸がざわめいた。けれどだからこそ、大輝の想いの切実さにも共感できてしまったのだ。
別れさえも愛する人の意志に従う。それほどまでに盲目的な愛を捧げてくれる、“底なし沼”な大輝との甘美な恋を手放すことは、きっと誰だって容易ではない。
だからこそ、その人妻も(今ではキョウコと判明しているけれど)何かやむにやまれぬ事情が発生しての別れ——大輝に気持ちを残したままの別れではないかと、ともみは想像していたのだけれど。
— 離婚できるの、とは…?
どういう意味なのだろうか。予想だにしない変化球を投げつけられた動揺を気取られぬように、ともみはグラスを手に取り、静かに、けれど勢いをつけようと、二口流し込んでから聞いた。
「…それは、大輝さんとよりを戻す準備ができたから奪い返すわよ、という感じですか?私、今、宣戦布告されてます?」
この記事へのコメント
ジョン・レジェンドの All of me なら知ってる。 とりあえず光江さんBGMにもこだわってるんだね! ジャズならきっと別の曲だろうけど、「お店でたまたま耳にした歌詞がその客の人生を変える事もあるから」なんてステキ過ぎ。演歌のような歌詞w発言も◎