港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「まさか彼女が!?」彼氏の元カノが気になり、会ってみたら知っている人で思わず…
「まず、改めてきちんと私の口からお伝えすべきことだと思うのだけれど、私と友坂くんは、もう完全に終わってる。それは本当に信じてね。
だからこそ、私はあなたに会ってみたいと思った。あなたがもし私に聞きたいことがあるのなら、何でも正直に答えさせてもらおうと思ったの。それが私が彼にできるせめてもの——最後の恩返しだから」
キョウコの言葉は穏やかだったけれど——穏やかだったからこそ、ともみは気がついてしまった。
― 先生は、きっと今も…。
大輝を想っている。自ら手放し恋人ではなくなった大輝のことを。
さっきキョウコは、“友坂くんとは完全に終わっている”と言い切った。ならばキョウコの今の想いは恋心ではなく、親愛の情に変わっているということだろうか…とは単純には納得できず、ざわつき始めた胸をごまかすようにともみは笑顔を作る。
「終わってからも…恩返し、って言えるような関係ってすごいですね」
キョウコの言葉、そして自分への態度からも、大輝がどんなにキョウコを慈しみ、守り、尽くしてきたのか、わかる気がした。だからこそキョウコは、大輝の“新しい恋人に会って欲しい”という突拍子もないお願いを受けたのだろう。
「私は、彼に甘えて、奪うばかりだったから。せめてもの罪滅ぼし…ってそう願うのも傲慢かな。友坂くんを傷つけてきたことへの罪悪感を消したいだけかも」
「罪悪感、ですか」
「自分がズルくて…嫌になるけど」
「そんなことはないと思います」と素直に返したともみには、“脚本家・門倉キョウコ”に対して、確かめたいことがあった。それを口にする。
「去年、先生の初めての恋愛映画が公開されましたよね。これまで、先生の作品といえば、社会問題に切り込んだサスペンスや、謎解きのミステリーが主で、恋愛が主軸になるいわゆる恋愛映画やドラマは一本も書かれていませんでした。
だから驚いたんです。確か過去のインタビューで、恋愛ものを書いていない理由を聞かれて、“私は恋愛というものがどういうものか、よくわかっていない。
全てを破壊してでも恋焦がれる激情とか、恋情が原動力となる行動は未知で不可解なもの。だから細部まで書き込んで作り上げる自信がない”というようなことをおっしゃっていた記憶があるんです」
「…私のことをとても詳しく、知ってくれているのね」
目を丸くしたキョウコに、ずっと先生の作品のファンだったので、と、ともみは照れながら続けた。
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