「さ、ごはんにしましょ」
そう言って母親がテーブルに並べたメニューは、秋刀魚の塩焼きや煮物、炊き込みごはんといった、10月の秋真っ只中といったものばかりだ。
「お母さんのごはん嬉しい〜!妊娠してから、こういう和食の方が好きなんだよね。これからしばらくこんなごはんが毎日食べられるなんて最高♡」
大きなお腹を撫でながら、姉貴が嬉しそうに飾り切りされたにんじんを口に入れる。
今夜は、年末にお産を控えた姉貴の里帰り初日なのだ。
日頃は商社の駐在でベトナムにいる姉貴夫婦だけれど、今週1週間だけはリョウさんも日本にいられるということで、俺もこうして久しぶりに吉祥寺の実家を訪れた。
それなのに…。
日曜のゴルフ渋滞で帰宅が遅れている親父の分も、リョウさんとの会話を盛り上げよう。
そんな俺の密かな意気込みに水を差されるような状況が、テーブルの下で密かに起きていた。
リョウさんの仕事内容の話を聞きながら、俺はチラリと目線を下にやり、スマホを確認する。
『何してるの〜?』
『不在着信』
『今日のランチはパスタでーす』
『土日会えないのってさびしいね。。』
『不在着信』
『何時くらいになったら電話できる?ご実家なんだよね?』
昼過ぎから断続的に来ている連絡の送り主は、全て萌香だ。
姉貴夫婦を羽田まで迎えに行ったりしてバタバタしていたら、気がつけばすっかりスマホをほったらかしすぎてしまっていた。
― まずいなぁ。これはかなりスネてる…。
食事が終わったらすぐに返事をしようと思っていたものの、この30分で泣き顔のスタンプが3つも送られてきている。
いよいよ食事に集中できなくなってきたため、まずは一通『今食事中だから後でね』とでも返そうとした、その時。
姉貴が、昔から変わらない不敵な笑みを浮かべて言った。
「正輝、なんかソワソワしてる。さては彼女でしょ」
姉貴はいつもこうなのだ。妙に勘が鋭くて、俺の恋愛事情はすぐに筒抜けになってしまう。
「あー…。まあ、うん。そうだね」
俺がそう答えるなり、姉貴と母親が同じテンションで食いついてきた。
「やっぱり!どんな子なの?」
「やだ正輝、そんな人がいるならお母さんにもちゃんと言いなさいよ」
「いや…そんないちいち言わないだろ」としどろもどろになっていると、またしても萌香からのスタンプでスマホが震えた。
突っ込まれたタイミングでうっかりテーブルに出しておいたスマホの画面が、姉貴の好奇の目に晒される。
連続の通知を示す画面を見た姉貴は、昔を懐かしむような遠い目をして言うのだった。
「なるほど、これはかなり手がかかるタイプの子と見た」
「正輝、そうなの?」
女性陣2人につめられながらも、俺はどうにか弁明を試みる。
「いや、別に特別手がかかる子ってわけじゃないよ。俺が今日は連絡を放置しすぎただけ。いい子だよ」
「そうなの?でも、めちゃくちゃ連絡来てるけど」
その瞬間また震えたスマホをそっとテーブルの下に引き取りながら、俺は答えた。
「休日は基本的に会うのが当たり前になってたし、夜には電話することになってるから。まあ…ちょっと寂しがり屋ではあるね」
「あらぁ〜」
― あ〜、これだから実家は…。
母親の意味のわからない嘆きの声を炊き込みご飯をかき込むことで受け流していると、姉貴は今度はイタズラっぽい表情を浮かべていた。
そして突然、突拍子もないことを言い放つ。
「正輝もさ、早く結婚しちゃえばいいのよ」
この記事へのコメント
お嫁にもらう価値観なら萌香がぴったり。専業主婦になってくれるみたいだし料理も好きだから仲良く出来そう。 だけど、悪意なく萌香の前でも莉乃ちゃん莉乃ちゃん言いそうなんだよね。大丈夫かな。
まぁ結婚前提で親に紹介したら萌香も安心するね。ただ莉乃が正輝にホテルの件を告げ口しそうで心配。