「…ドキドキ?まさか、大輝さんが?」
全くそうは見えなかったと驚くともみに、大輝が「隠すのは得意だから」と笑った。
「子どもの頃から訓練されるとそうなるよ。家業を継ぐための一環というか、感情をコントロールするための授業とかしてくれる、家庭教師がいたんだよね。だから、感情を隠すスイッチを入れたオレの本心を読める人は、そうはいないと思う」
感情のコントロールを子どもの頃から訓練する、なんて。結構な内容をこともなげにサラリと言った大輝が、そういえば日本有数の名家の御曹司だったことを、ともみは久しぶりに思い出した。
「ここで…もう少し、話してもいい?」
「でも立ち話もなんだし…」と大輝はガードレールを指さした。ともみが頷くと、大輝はハンカチを取り出し、ともみが座る…というよりもたれる部分を拭いてから、どうぞ、と手招きした。
「温かいお茶とか、コンビニで買ってこようか」と動き出そうとしたその腕を、ともみは思わず引き止めた。今どこかに行かれたら、大輝はもう戻って来ず、この2人きりの時間が消えてしまう気がして。
そんなともみに、大輝は黙って表情を緩め、長い足を持て余しながらともみの隣に座った。25時近いとはいえ、どこかの店を探して入ることもできるだろうけれど、不思議と2人ともそうは提案しなかった。
「寒くない?」と気遣われたともみが首を横にふると、大輝は安心したように、実はさ、とともみから目を逸らした。
「今日まではさ。桜を見ると絶対に、あの人を思い出してたんだよね」
「あの人…」
それ以上聞かずともわかる。大輝が別れてからも想い続けた元恋人。ともみがフラれた原因でもある人妻だ。
「彼女の出張に同行して、2人で弘前の桜を見たことがあって。その夜が彼女との始まりで…忘れられない夜になったから、どうしても、ね」
大輝の声が切なくかすれた。好きな男に、好きな女の話を聞かされるのは拷問だ。けれどともみは、その美しい横顔から目を離すことができなかった。
「でもね」
「…」
「今日は一度もあの人を思い出さなかった。そのことにさっき気づいて、びっくりしてる」
「どうして?」
「…ともみちゃんに夢中だったからじゃないかな」
「…は?…え?」
― トモミチャンニ、ムチュウ?
ムチュウって私の知ってる意味のムチュウ?それとも知らない外国語的な?と脳内の処理が追いつかないともみに気づかぬまま、大輝は言葉を選びながら続けた。
「ともみちゃんから連絡が来なくなってずっと…寂しくて。告白をお断りさせてもらった女の子に、こんな気持ちになったことは、初めてだった。
でも、ともみちゃんを傷つけたオレに、連絡する権利はないって思ってたし。だから今日、ともみちゃんからLINEが来たとき、思わず声が出たほどうれしかったんだよね」
― こ、これはどういう流れなの…。
バクン、バクンと激しい音を打ち始めた心臓が喉から飛び出してきそう…という使い古された表現そのものの状態を、まさに今ともみは体感していた。それに。
― まさか、あの大輝さんが、照れて、る?
先ほどから大輝は一度も、ともみの方を見ていないのだ。それが意味することを探ろうとすると、ともみはますます混乱した。
雨で冷えた4月初旬、しかももうすぐ25時になろうとしている。「寒くない?」と大輝が気遣うほどの肌寒さのはずなのに、ともみの顔も体もぐつぐつと煮詰められているかのように火照り続け、震える手でトレンチコートの前ボタンを外していく。
「ともみちゃんには、あの人の存在だけじゃなくて、宝(たから)ちゃんを好きだって言ってたこともたぶんバレてるし、次から次へと目移りする節操のない男だと思われてるだろうな…って自覚した上で、なんだけど」
宝とは…ともみがケンカを売ったこともある、大輝がかつて片思いしてフラれた女子のことだ。
「オレ、ともみちゃんのことを…もっと知りたい。今日はずっと、これからもともみちゃんと一緒にいたいなってことを考えてた」
「……それは、私が友達になろうって言ったこととは違うの?」
それのことなんだけど…と大輝は続けた。
「自分からフッておいて、今更何言ってんのってことなのはわかってる。でもともみちゃんと会えなくなってから、ともみちゃんのことが気になって仕方なくて。ふとした瞬間に連絡を待ってる自分に気づいた。
で…さっき、ミチさんにもアドバイスをもらって、ここまで一緒に歩いてきて、その間に…」
弱々しく語尾を飲み込み、言葉を止めた大輝が、ようやくともみを見つめた。困ったような不安そうなその表情に、ぎゅうううん、と、ともみの心臓が痛くなる。
「もし、ともみちゃんがオレじゃない誰か…別の男と、この桜を見てたら?って考えてみた。そしたら想像だけでも、すごくイヤだった。ともみちゃんが他の男と付き合うっていうのは、もっと…とてもイヤだなって。だから…」
「それは…その、まさか、だけど…」
ともみの喉がゴクリとなる。そんなに都合のいい展開があるはずはないと思いながらも、自分の想像を言葉にすることを止められなかった。
「もしかして、大輝さんは今私に…告白的なこと、してる、ってこと?」
途切れ途切れに呟くように聞いたともみに、大輝が…「たぶん、そう、です」とはにかんだ。
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▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
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この記事へのコメント
えーーーーーーー♡ 嬉しい!嬉し過ぎるね。早くその先を読みたい。
チラッと出て来た美景は代表を辞任する前提だと世間は逃げ出すように感じるかも....インスタライブで報告もどうなんだ? エンリケの不...続きを見る祥事が浮かんでしまった。 あと、メグミチだよね。どんな展開になるんだろう....