「そういうぐちゃぐちゃな気持ちも不安も、事実と一緒に隠さず全部話せばいいじゃないですか。だってプロポーズ…本当はうれしかったんでしょう?だったら——本当はプロポーズを受けたかったけど、今の状況では喜ぶことができなかったと、素直に謝ればいいんですよ」
美景は目を泳がせたが頷かなかった。頑なな人だと、ともみは苦笑いして続けた。
「一真さんを香川さんの危害から守りたいから、真実を伝えないまま別れるって気持ちも、わからなくはないですけど…それって、すごく失礼だとも思うんですよね」
「…しつれい、とは…」
美景の戸惑いを断ち切るように、ともみは声のトーンを落とし、語気を強めた。
「一真さんが誠実な人であればある程、絶対に軽い気持ちのプロポーズじゃないですよね。美景さんとこの先もずっと一緒にいたいと願った、一生に一度の誠実な告白に——美景さんが事実も本音も隠したままの返事をするなんて、失礼すぎません?それって、彼の本気をなめてるなぁって」
ともみから目を逸らし、カイピリーニャのグラスに視線を落とした美景の、その葛藤を共有するかのように、ルビーの顔も歪む。
「私が一真さんなら、断られるにしても、事実を与えられた上で納得して判断したいと思いますから。
美景さんに幻滅するにして別れるにしても、香川さんの脅しが自分に及ぶ可能性から逃げるにしても、その選択は一真さんに与えられるべきものです。それにもし…理由もわからずプロポーズを断られたあとで、真実を知ることになったら、どれほど傷つくと思いますか?
愛した人に真実を話してもらえなかった、自分は信用されていなかった、と落ち込むとは思いませんか?
あとから、ウソをついたのはあなたを守りたかったからだと言われたところで到底納得できないでしょうし、今後、人を愛することがトラウマになる可能性だってある。プロポーズまで決めた相手に裏切られるということは、それほどの重みを持つと私は思います」
静かに顔を上げた美景が、怯えたように、救いを求めるように、ともみを見た。
「もうすでに…手遅れ、じゃないでしょうか。私はもうずっと一真にウソをついてきました。ずっと自分をさらけ出せていなかった。だから…」
震える声で後悔を吐き出した美景に、「だからこそですよ」とともみが励ますように続けた。
「ずっとウソをついてきたからこそ、これ以上のウソはやめましょう。一真さんの傷を最小限にするために、正直に話す。それが、美景さんが最優先すべきことだと思います。
仕事やキャリアは諦めなければ何度だってやり直せるし、元通りとはいかなくてもそれなりに修復していくことができるでしょう。でも人の気持ちはダメなんです。一度ついた傷はずっと残ってしまう。愛する人につけられた傷ならなおのこと、です。
事実を告白しても、2人には別れがくるかもしれない。でも一真さんの今後の人生のためにも…誠実に謝って、美景さんの一真さんへの思いを、正直に伝えてください。それがきっと、一真さんの心を守ることに繋がりますから」
心を守る、かぁと呟いたのはルビーだった。
「一真さんの心を守ることが、美景さんの心も守ることのような気がする。一真さんにさえ本当の気持ちを伝えられたら、このあとどんな展開になったとしても、美景さんならきっとまた…」
闘っていける。ルビーが言葉にしなかったその先が、ともみにもなんとなく想像ができた。
美景は黙り込んだルビーをしばらくの間見つめていたが、「ありがとね、」とふっと表情を緩め、その笑顔をともみにも向けた。
「ともみさんも…ありがとうございます。私、いろんなことが見えなくなってたんですね」
そして覚悟を決める儀式のように、カイピリーニャをグッと流し込んでから続けた。
「まず、一真と話します。なによりこれ以上彼を傷つけないように…本当のことを全て話して、きちんと謝ってきます」
「ありがとうございます」ともう一度頭を下げた美景の気持ちを軽くしようと、ともみは言った。
「どんな人にだって、秘密の1つや2つはあるものですから」
「本当は、ずっと後ろめたかったんです。一真に過去を隠していることが。だから告白してしまえば、すっきりするかもしれません。ようやく本当の自分で彼に向き合えるんですから」
その微笑みに強がりは感じられなかった。そして。
「一真に伝えてから、その後——お客様にも世間にも…全てを話そう思います」
「いいの…?」と、おずおずと聞いたルビーに、美景は笑顔のまま頷いた。
「ともみさんの話を聞いていて…一真に対してだけじゃなくて、顧客の皆さんにも誠実になりたいと思いました。うちの商品をリピートしてくれている顧客様には、私がブランドを立ち上げ、大きくしていったというストーリーのファンになってくれた方が沢山います。
誰にも知られていないブランドだった頃から、その人達の応援に助けられて会社はここまできたんです。だから全てをゼロに戻す覚悟で謝ります。私は愛人関係だった人に、出資を受けたことがあるんだって」
「そんなことまで言う必要ある?絶対大炎上するよ?ファンの人達は美景さんが脅されてることも知らないんだから、突然そんなこと言われても困惑するだけだろうし…」
確かにルビーの言うことはもっともだった。けれどともみは、美景に賛成して続けた。
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