ともみは幼い頃から芸能界にいた。母親と街を歩いていた3歳の時にスカウトされて…というありがちな始まりだったが、人目を引く自分の容姿は憎まれる対象にもなるらしい、と自覚したのは、小学校3年生の時だった。
クラスの人気者だった男子がともみを好きだといい、その男子のことを好きだった女子グループのボスに無視されるようになったのだ。
結果的にクラスの女子全員から仲間外れに…という状況にはなったが、ともみは悲しみを感じるよりも、「女同士は難しくて面倒くさいものなのだ」と思うようになってしまった。
「意地悪する子たちは、ともみのことがうらやましいの。そう考えると、かわいそうな子たちじゃない?だから意地悪されるたびに、私がかわいいからなんだ、かわいくってごめんね~って笑ってほっておけばいいのよ」
母親がともみにそう言い聞かせたことも、影響しているのだろう。
学校で友達ができなかったこともあって、ともみは芸能活動にのめり込んだ。大人たちとのやり取りの方が同世代より楽になり、モデルや役者として、その時々で望まれる役割を演じることが快感になった。
アイドルへの転向は高校に入る頃で、所属事務所から、歌や踊りのレッスンを本格的にやってみないか、と声がかかったことが始まりだった。
ともみが所属していたのは、大手と言われる芸能事務所だったが、その事務所で初めての、女性アイドルグループを作るというプロジェクトが動きだしたのだ。
ともみの身長は158cm。色白で華奢、脚もウエストも細いがバストはしっかりあるという今の体型は、高校入学時にはほぼ完成されていた。
さらに、黒目がちの大きな目は、思わず守ってあげたくなる小動物系で…と、いわゆる“男子ウケ”が抜群のともみのルックスはアイドルに向いていると、候補の一人に挙げられたらしい。
“5人組のガールズグループを作る”と聞いた時、ともみはやってみたい、と答えた。
― 私にも、仲間ができるかも。
そう期待したからだ。その頃になるとともみは、同世代の女友達がいないということに、少しの劣等感と寂しさを感じるようになっていた。
アイドルグループなら、学校の友達とは違う。容姿のレベルは変わらないだろうし、同じ目標に向かうことや、成功への情熱が、女同士の面倒くささを超えて、心をつなげてくれるんじゃないか——そんなふうに思った。
その願望は、今思えば、幼すぎたし甘すぎた。結果的に望んでいたような“仲間”にはなれなかったという虚しさは残るけれど、ともみはグループへの参加を悔やんではいない。
歌と踊りのレッスンに通い始めると、自分でも驚くほど夢中になることができたし、その日々はともみにとって、今でも間違いなく大切な思い出ではあるのだから。
ともみは18歳の時に、QUINTZ-Gへの参加が決まった。他のメンバーは…ともみと同じように元々事務所に所属していた女子高生モデルと、そしてあとの3人はオーディションで選ばれて、5人組としてデビューすることになったのだ。
◆
「でもともみさん、元アイドルっていう話を、なんで私に…話してくれたの?」
凪に聞かれて、ともみは答えを迷った。
― なんで…と言われたら。
自分の過去を誰かに自ら話すタイプではないともみが、思わず口にしてしまったのは、泣きじゃくる凪が、あの日のあの子に見えたからだ。
QUINTZ-GのメンバーだったYU☆ME(ゆめ)に。ともみより3つ年上で、グループの最年長だったけれど、おっとりしていて優しくて、天然で。メンバー全員から、まるで末っ子のように愛されていたYU☆ME。
QUINTZ-Gの5人は、既に全員芸能界から去っている。中でも、完全に消息を絶ち、どこにいるのか、何をしているのか、噂すらも聞こえてこないYU☆MEのことを思い出すたびに、ともみの胸はイヤな痛み方をする。
「今の凪ちゃんの状況が、重なったから。私の昔の…」
ともみは言い淀んだ。YU☆MEを“仲間”と呼ぶことは、もう許されない気がして。彼女を救えなかった自分にはその資格がない。
「私の状況が、誰に?」
凪に急かされるように、ともみは結局、知り合いに、と表現し、その知り合いの話をする前に、と続けた。
「まずは、整形についての私の意見を聞いて欲しいんだけどいい?」
凪は、お説教なら聞きたくないよ、と表情をこわばらせた。ともみは、そんなんじゃないから安心して、と微笑んで続けた。
「私は、凪ちゃんが未成年だということを除けば、整形を否定しようなんて気持ちは全くないよ。整形で救われる人達もいるし、ルッキズムに対して否定的な意見が増えてきた今の世の中でも、外見が整っている方が得をする人生の方がまだまだ多いのも事実だと思うから。
私も美しい人やものは大好きだしさ。だから美しくなりたいとか、コンプレックスを無くすために顔を変えることが悪いとは思わない。けど、絶対に確信が必要だと思う」
「…確信?」
「“整形を決めたのは100%自分の意志です”って言えるかどうかってこと。凪ちゃん、自分のために自分の意志で整形するんだって確信はある?」
なんだそんなことか…と、少し緊張していた様子だった凪の表情が、ホッとしたように緩んだ。
「もちろん自分の意志だよ。お母さんに反対されても絶対にやるの。自分のために自分の意志で整形するって確信、ちゃんとあるよ」
「そうかな」
「そうかな…って?」
「私にはそうは思えないから。凪ちゃんが整形したいって気持ちは、100%自分の意志には見えないし、凪ちゃんのためだけとも言えないと思う」
凪が、わけがわからないという顔になった。
「ともみちゃん、今までの私の話、ちゃんと聞いてくれてた?整形は私が、私の意志で、私のためにしたいんだよ?」
「もちろん、ちゃんと聞いてたよ。だからこそ、そう思ったの。なんで私がそう思ったか、説明させてもらうね」
理解が追い付かないといった顔で、凪は黙ったままともみを凝視している。
「さっきの…凪ちゃんの今の状況に似ているっていう、知り合いの話を聞いてくれる?私と同じ時期に芸能界にいて、そこそこ有名な歌手だったんだけど」
ともみは、YU☆MEだと特定されぬよう、同じQUINTZ-Gのメンバーだったことは伏せることにした。そして「その知り合いを、Aさんとして話すね」と続けようとした——その時。
この記事へのコメント
のこの連載は、片手間で飛ばし読みしたり国語力が足りない人には難しくて感想も出てこないだろうなとは思います。
ともみが言うように凪は本当にお母さんが好きなんだよね。そして多分普通に家庭の温もりとか家族団欒的なのが必要だったのかな。何よりもっと父親からの愛情を受けたかったと思う、自分に対しても母親に対しても。