「凪が家出してたこと…旦那さんは知ってるの?」
「知らない」
「お義母さんは?」
葵が首を横にふり、愛はホッとした。
― お義母さんにバレたら、大騒ぎになるだろうから。
葵の義母…姑が最後まで結婚に反対していたことを、愛は葵から聞いたことがある。そして今でも嫁姑の関係は良好とは言えない。実は、凪も絶対に宏太郎の母校に入らなければならないと強固に主張したのは、その姑らしい。
2年前、凪が最後に愛の家に泊まりに来たとき…「高校は別のところを選んだりしないの?」と聞いた愛に、凪はこう答えた。
「おばあさまが、今の学校で絶対に高校までは卒業しなさいってうるさいからさぁ。私が、別の高校に行きたいなんて言い出したら、またお母さんがおばあさまに怒られちゃうもん。だから高校までは今の学校に行くよ」
凪は自分の両親の結婚を、祖母が最後まで反対していたことも知っていた。
「おばあさまは、あなたのお父さまは葵さんと結婚したせいで、しなくてもいいはずだった苦労をしてる。本当は葵さんより相応しい女性がいたのに、って私に話してくるんだけど…2人が結婚してなきゃ私は生まれてないのに、おばあさまってバカだよね」
そんなことを凪に伝えてしまう祖母の無神経さに、愛は心底呆れたし腹が立った。
― その“お父さま”とやらが、浮気し続けてるっていうのに。
ハラワタが煮えくりかえるとはこのこと。愛は何度も離婚を勧めたけれど、葵は「離婚はしない」の一点張りだった。
そのうちに愛は勧めることをやめた。離婚の話をするたびに、葵が何かを隠しているように思えたからだ。
政治家、しかも未来の総理大臣候補の妻であるが故の、特殊な事情があるのかもしれない。無理に知りたいとは思わなかったし、葵が話したくなった時に聞かせてくれればいい。愛はそう思ってきた。けれど。
― 今回は、本当のことを聞かせて欲しいし、言わせてもらう。だって…。
母が祖母に怒られぬように…と母を守る行動をするほど母親思いの凪が、ある日突然家出し、その家出の理由は、整形手術を母に反対されたからだといわれても、どうにもしっくりこないのだ。
「葵、凪の家出の理由って、本当に整形に反対されたから、ってだけ?」
「…」
「他に理由があるんじゃないのかな?」
「…なんでそう思うの?」
問いを質問で返され、これはあくまでも私の意見だけど、と前置きして愛は続けた。
「私には、家出が、葵へのアピールに見えるの。だって、あんなにわかりやすい反抗ってある?
今まで一度も染めたことのない髪をピンクにして、言葉遣いだってわざと乱暴にして。男とイチャついてた場所だって、家から歩いて5分くらいのとこだよ?
そんなにすぐ近くで遊び回るなんて、葵に見つけて欲しい、気づいて欲しいっていうサインだと思わない?
そもそもあの子は、家出とグレるとか向いてないもん。純粋培養で素直な、心配になるくらい優しい子なんだから」
愛にとって凪は、ただの友達の子どもではない。葵にはかなわずとも…心から大切に思っている。そう伝えると、葵はまぶしいな、と薄く微笑んだ。
「え?」
「愛みたいなお母さんだったら、凪も絶対幸せだったよね。私より愛の方が、凪のことをよくわかってると思う」
「そんなわけないでしょ。怒るよ?」
「もう怒ってるじゃない」
からかうような葵の口調を、愛が、ごまかさないでと睨む。
「なんか、あったんじゃないの?整形だけじゃない、家出のきっかけが」
「…」
愛の視線から逃げられず、葵は唇を噛みしめた。
「…ここまで聞いても話せないこと?そうなら…」
無理に話さなくてもいいとあきらめかけた愛に、葵が首を横に振り、痛みを吐き出すかのように、苦しそうに言った。
「…話すことが許されるなら…愛には聞いて欲しい。でも…凪には聞こえたくないことなの」
葵は不安げな視線を、ともみと凪がいる個室の方へ向けた。
わかった、と愛が携帯を取り出し、「今から凪に聞かれたくない話をするから個室から出てこないで欲しい」とともみにLINEをした。するとすぐに「わかりました」と返事がきた。
そのことを伝えると、葵の表情に緊張のようなものが走った。そして気合を入れるかのように、大きく息を吐き出したあと、言いにくそうに切りだした。
「私のこと、軽蔑するかもしれないけど…」
「するわけないよ。何があっても」
言い切った愛に、葵が弱々しく微笑み続けた。
「私に…好きな人…というか、甘えられる人ができてしまって…」
この記事へのコメント
この辺りの表現とかさすがですよね。葵さんがどんな感じの方なのか、こんなに短い文章で見事に読者に伝えている。すぐにイメージわきました!
東カレでよくあるYOKO CHANのワンピにマノロブラニクのパンプスを履いてる等のわざとらしい表現をしてないところもまたいいですね。...続きを見る
※ 和の花/洋の花は花道でも使う表現です。揚げ足取りのレスはお控えください。