「…ウソ…まさか……不倫?」
夫の浮気が原因で離婚した愛には、不倫アレルギーとも言うべき不倫への嫌悪感があり、そのことを葵も知っている。だから軽蔑云々の話になったのかと思いながら、愛は葵の言葉の続きを待った。
「不倫はしないし、するつもりもない。だから体の関係はもちろん、手をつないだことも、2人きりで会ったこともない。たまに電話で話を…ただ愚痴を聞いてもらっているだけ」
それだけで救われてるの、とつぶやいた葵に、愛は呆然としながらも、仕方がないのかもしれないと思った。長い間…もう10年も夫の不倫に一人で耐えてきた妻が、救われる相手を求め、癒やされることを、誰が責められるというのだろうか。
愛はその相手がどこの誰なのか、追求しないままに聞いた。
「…相手は、どう思ってるの?」
「私が離婚できる時がきたら、その時に改めて気持ちを伝えますって。でも、私、離婚はできないから」
諦めた笑顔でそう言った葵に、愛はなぜ?と聞きたかったが、その笑顔の切なさに、言葉にできなかった。
「関係を進展させるつもりはなくても…彼が癒やしの存在になればなるほど、夫の顔を見るのがイヤになったの。たまに帰宅した夫と同じ空気を吸うのもイヤで。10代の恋でもないのに、気持ち悪いよね、私」
「いや、それは全然普通。葵の旦那と同じ空気吸うの、私もイヤだもん」
葵が、愛は本当に優しいよね、と笑って続けた。
「でもね…やっぱり彼に甘えちゃいけなかったんだよね」
「…どういうこと?」
「彼と電話してたのを、凪に聞かれてしまったの。私が買い物から帰宅したタイミングで、彼からの電話が着信して。私は凪が出かけてると思って、リビングで話し始めたんだけど、自分の部屋にいたみたいで。トイレに降りてきた時に私の話を聞いてしまったみたいなの。
誰と話してたの?って言われたから、友達だよってごまかしたんだけど。すごく幸せそうにしゃべってたね。あんな女の子っぽい顔したお母さん、初めて見たから驚いた、って」
女の子っぽい顔。それは恋する表情ということなのだろうかと、葵が慌てたその数日後。
凪が整形したいと言い出したのだ。突然のことに葵はただ驚いて理由を聞いたが、凪は、今よりかわいくなりたいからと答えた。今でも十分にかわいいのだから同意できないと言った葵に、凪は淡々と、こう反論したという。
『私はお母さんに反対されても整形する。お母さんも好きなことをすればいい。お母さんはこの前の電話で、離婚したくてもできないって言ってたけど、もうこれ以上この家に縛られる必要なんてない。さっさと離婚しちゃえばいいと思う』
そう言われた後の自分は…本当に最悪だったと、葵は後悔に顔を歪ませた。
「離婚したいけどできないって彼に話していたことまで聞かれてたっていう焦りでパニックになった上に、離婚しちゃえばいいなんて簡単に言う凪に怒りがこみあげてきて、いろんな感情で頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。
夫に裏切られてからの10年間、離婚せずに耐えてきたことには理由があるのに。凪を守りたかったからなのに。何も知らないくせに、家に縛られるなとか、好きなことをすればいいとか言われたことが許せなくて、頭に血がのぼってしまって」
葵が自分のシャツの胸元をグッと掴んだ。思い出すだけで苦しいのだろう。
「そのうちに、凪の顔が…だんだん夫の顔に見えてきて。凪はあの人に似てるから、今までだって面影が重なることはあった。でもあの日は…憎しみが爆発してしまった。何より大事な娘で、目も鼻も口も…愛おしくてたまらない顔のはずなのに。
凪が私に反論するたびに、その顔や表情への嫌悪感がこみ上げてきて…言ってしまったの」
「…なんて言ったの…?」
「…その顔をもう見たくないって。この部屋から出て行きなさいって」
自分が愚かで憎らしい…と、葵が静かに涙をこぼした。
そして、その一週間後。学校へ行くと家を出た凪が、その日から帰ってこなくなり。1か月に及ぶ家出が始まったのだ。
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この記事へのコメント
この辺りの表現とかさすがですよね。葵さんがどんな感じの方なのか、こんなに短い文章で見事に読者に伝えている。すぐにイメージわきました!
東カレでよくあるYOKO CHANのワンピにマノロブラニクのパンプスを履いてる等のわざとらしい表現をしてないところもまたいいですね。...続きを見る
※ 和の花/洋の花は花道でも使う表現です。揚げ足取りのレスはお控えください。