「タケルくんが羨ましいな」
「タケルくんって?」
「愛ママの息子くん。父親が最悪なのはタケルくんも私と同じっぽいけど、愛ママがお母さんってだけで、絶対違うもん」
「違うって…」
「愛ママって、ホントに名前の通りの人だからさ」
愛さんがその名の通り、愛の人であることはともみも知っている。けれど、では凪の母はどういう人なのかとは今聞いてはいけない気がして、ともみは場を繋ぐつもりで話を変えた。
「今、住ませてもらってる彼氏さんって、どんな人なんですか?」
凪の顔が、パァっと明るくなった。
「めちゃくちゃかっこよくて大人なの♡投資とコンサル系の会社を経営してる。クラブで知り合ったんだぁ~」
「…へえ…」
凪は嬉々として自分の携帯で検索し、インスタの画面をともみに見せる。アイコンは、日焼け肌でサングラスをかけた、30歳くらいに見える男性の自撮りだった。
「これが彼氏さんですか?」
「そうだよ、イケてるでしょ♡」
南洋太(みなみようた)。
プロフィールには、不動産投資・地方創生コンサル・起業相談etc…の会社を経営、と書かれている。
貼り付けられているURLから、その会社のHPへ飛ぶと、10万円からの不動産投資で1億が育つ方法、とか、U30の起業家を無料で支援!1年で年商を10倍にする起業講座、などのコピーが並んではいるものの、実体がわからない会社だな、と、ともみは思った。
インスタの投稿を見ると、自撮りが多い。プールサイドのように見える場所で、カウチソファーに寝そべり白ワインを楽しんでいる写真、テクノ系のフェスでVIPのタグを首から下げ、数人の水着の女性たちに囲まれた写真。
その腕には、肩から手首にかけてタトゥーがびっしりと入っている。最近の投稿には、鎖骨の下に新たなタトゥーを入れていく様子を生配信したと思われるものもあった。
― わかりやすい男だな。
ともみが呆れながら携帯を返すと、凪はうっとりと、インスタの中の南をみつめながら言った。
「お母さんとうまくいってないなら、無理して帰る必要ないじゃん、いつまででも、いていいよって、ずっと泊めてくれてるの。なのに凪のこと大事にしたいからって、まだチューだけなの。ホント、ジェントルマンって感じ♡」
ともみは、南を微塵も疑う様子のない凪の瞳の輝きに、少しだけ同情した。この幼さと鈍感とも思える純粋さは、たとえ両親が不仲とはいえ、裕福な家で守られ、何不自由なく育てられたことの、ある種の弊害だろう。
― キスだけはするとか、むしろ気持ち悪すぎる。完全にアウトじゃん。
愛も指摘していたが、凪からは酒の匂いがしていたのだ。
30歳前後の男が、16歳の女子高生に酒を飲ませた挙句、自宅へ連れ込んで泊まらせ続け、体の関係はなくても、自分の彼氏だと思い込ませる行動をしている。もちろん、法律的にも条例的にもアウトだが、倫理的にもアウト・オブ・アウトの腐った大人だ。
会社の資本金は5,000万円と書かれていたが、それが事実なのかも怪しい。南のように、どうやって稼いでいるのか実態がみえないのに、やたらと羽振りの良い男たちが、この辺りにはごろごろ存在する。
そして厄介なのは、彼らは一見、人当たりが良く優しく、その言動が、爽やかでさえあるのだ。
「オレも昔は君たちみたいに何もかもうまくいかなくて、めちゃくちゃヤンチャしてたけど、今は仲間と本気で日本を変えたいと思ってる。そのためにも若い子の夢を応援したくて」
南と同じような、“やんちゃなルックス”を持つ、“自称実業家”たちが、そんな言葉で、若い男女を取り込もうとする現場に、ともみは何度も居合わせてきた。
もちろん、誠実な“本物の実業家”も中にはいると思うが、ともみは芸能界にいた頃にも、芸能界を辞めた後、富裕層の飲み会に女性キャストとして参加していた時期にも、“自称実業家”たちに騙されて惑わされ、利用され尽くして堕ちていった若者たちを、少なからず知っている。
若者たちの、成功したいという欲や、人生への迷いにつけ込み、“この人なら自分のことをわかってくれる”“自分を理解し、引き上げてくれる人にようやく出会えた”と思い込ませることなど、狡猾な大人たちにとっては、簡単なことだというのに。
― 自分は騙されないでうまくやれる…とか、どうしてみんな過信できるんだろう。
例えば、パパ活と称し、自分が欲しいものを手に入れるために、“おじさん”を利用できていると思っている若い女子たち。
彼女たちは、望むもの…お金やブランド品、高級レストランでの食事などが手に入っている間は、その輝きに目を奪われ、自分がいかに危険な事に手を出しているのかということに気がつきにくい。
しかし当然ながら、世の中は善人ばかりではない。うまい話にはリスクがあると自覚しつつ駆け引きをしなければ、いつのまにか立場は逆転している。実際に、酷い動画を撮られて脅され、人生を壊されていった女の子たちもいるのだ。
凪だって、知識としては、そんな危険が存在していることを知っているはずだ。それでも、自分の場合は“彼氏の家”だから大丈夫だと、のんきに安心しきっているのだろう。
― ホントに面倒くさいことに関わっちゃったな。でも確かめるなら、母親が来る前に…。
幸い、というべきか、愛はまだ店の外にいて、電話から戻ってきていない。なんとか凪の母親に連絡をとろうと、各所に手をまわしているのだろう。今しかない、と、ともみは、“自分らしくない”方法で、凪の話を聞いてみることにした。
「凪さん、私、ともみっていいます。ともみって呼んでくれる?あと、敬語でしゃべるのやめていいかな?」
「いいよぉ~ともみさん?ともみちゃん?」
「どっちでも」
「じゃあ、ともみちゃんって呼ぶね♡」
私、キレイなお姉さん大好きだしぃ~と、テンションを上げた凪に、ありがと、と、ともみも微笑み返す。
「実はさ、本当は今日この店、休みなんだよね。だから私も、凪ちゃんの横に並んで座って話してもいい?あ、あとチョコ好き?」
大好きだよ~という凪の反応を受けながら、チョコレートを準備し、自分にもアイスティーを注いで、凪の横に座った。
敬語を外し、親しみを込めた呼び方をし、客の隣に座る。ルビーの真似をしたのだ。
― ルビーみたいに聞き出せればいいけど。
ともみには、親しい女友達がほとんどいないし、これまでの人生で、誰かに悩みを相談したり、またはされたり、という経験も本当に少ない。
TOUGH COOKIESを任され、女性たちの話を聞くようになってからも、迷った時には光江なら何と答えるだろうと考えるし、ルビーの助けも借りながら、なんとか…というのが現状だ。完璧に上手くこなせているとは、全く思っていない。
― けれどこの子を…このままにしちゃいけないことはわかる。
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