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30歳になりまして Vol.9

「30歳過ぎて彼氏と別れるのはツラい…」恋人を簡単に切れない、切実な理由

こんなふうに恋人のうわさ話が突然耳に入ってきた場合――以前の自分なら、ひっそりと耳をそばだてた気がする。

それがたとえ自分にとってつらい情報だったとしても、事実と向き合いたいと願っていた気がする。

でも今は、とにかく耳をふさぎたい思いだ。

― あれ。なんでこんなに動揺してるんだっけ。

トイレットペーパーを指先でうまくちぎれず、必死に引っ張った。不格好にやぶれた紙を見て、私は、自分が冷静さを失っていることを知る。

まだ、事実と決まったわけじゃないのに。


デスクに戻ったはいいが、目の前のディスプレイの文字が頭に入らない。集中しようと努力しても、何かが胸の内を押しつぶす。

― やっぱり、蒼人はまだ遊びたい盛りなのかな。

もし、早く結婚したいのなら――私は潔く婚活市場に戻ったほうがいいのかもしれない。ウワサを聞いてしまった今こそ、彼から“卒業”する絶好のチャンスなのかもしれない。

とはいえ、想像すると、気が遠くなる。

― また誰かと出会って、趣味や価値観を探り合って、家族構成を聞いたり、連絡の頻度を合わせたりしなきゃいけない?そんなの…もう無理だって。

重苦しさが押し寄せる中、スマホが震えた。

― 蒼人から?

何かしらの釈明が来たような気がしたので、こっそりLINEを開く。


しかし、そこに並んでいた文字は、期待していたものとは大違いだった。

『お母さん:聞いて〜由佳の恋愛がすごい順調なんだよ!証券会社の人と、弁護士さんの二択で迷ってるんだって』

妹・由佳の婚活に関する母からの報告メールだった。がっかりした瞬間、もう一通届く。

『お母さん:ところで菜穂はどうなの?彼氏ができたって由佳から聞いたよ。よかったら今度、うちに連れてきてね』

追い打ちをかけるように、母からのメッセージは続く。

『お母さん:あ、別に菜穂を急かしてるわけじゃないのよ。別に結婚しなくてもいいからね』

言葉はやわらかい。なのに、その裏に潜む微妙な配慮が逆に重くのしかかる。

「恥」に近い感情が、私の胸にモヤモヤと広がった。

母は、いつも無邪気な言葉で私をえぐってくる。

受け流せばいいと思うのに、こんな日はくらってしまう。なんだか悔しくて、思わず涙腺が緩む。

「集中、集中」

私は小さく言葉に出して、パソコン画面に映る複雑なデータに目をうつした。



帰宅すると、部屋の空気は冷え切っていた。

いつもなら蒼人の革靴があるはずなのに、今日はない。いつもなら聞こえるはずの調理音もなく、キッチンは静まり返っている。

スマホを手に取ると、蒼人からLINEの通知が来ていた。それを読み、私はため息をつく。

「…え?そんな」

この記事へのコメント

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うじうじうじうじと、読めば読むほど菜穂のことが大嫌いになりますね。
2025/07/02 05:2326
No Name
昨日残業ではなくお食事会に行ってたんですね。ご苦労さまです。 女性達には同棲までしている私という彼女がいるのに「彼女いない」と言ってたそうですね! 今日はサシ飲みですか?
とLINEすればいい。で、妹のおこぼれでももらえば? 弁護士か証券会社勤務の。
2025/07/02 05:3422
No Name
澤石くんは結構積極的に菜穂に尽くしてたよね。仕事の忙しさとかも理解した上で尊敬の言葉も言ってくれたり家で食事するときはいつも彼が作ってくれてた。一方で菜穂は彼にどんな幸せを与えていたんだろう?特に何もしてなかったような気がするんだけど。本音すら隠してるし。その辺り彼はなんとなく寂しさを抱えていたんじゃないかな。だから菜穂との結婚は考えてないと言ったのかもね。お食事会はもしかしたら欠員が出て当日誘われただけかもしれず幹事に気を遣って彼女いないと言っただけにも思うけど、今夜は絶対誰かと2人で飲んでるね。先に寝てていいよって、もう・・
2025/07/02 06:1717Comment Icon1
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30歳になりまして

「30歳」

その数字は、女性の心に妙に重くのしかかる。

「年齢なんてただの数字」と本人は思っていても、世間がそれを許してくれない。

職場では、つい最近まで若手だったはずなのに、いつのまにか中堅どころになっている。

マッチングアプリだって自動的に30歳になった途端に「いいね」が減った気がする。

気持ちは追いついていないのに、30歳という年齢の重みがが急にのしかかる。

大手IT企業のマーケティング部で、課長職を担う桜庭菜穂は、30歳になって迷いが生じ始めた…。

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