港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「別れたほうがいい、とわかってるのに離れられない…」恋愛に不器用な女の共通点
「ね、店長のお姉さぁん。ともみさん、でしたっけ?ほんのちょっとだけお酒くれません?」
「未成年に出すお酒はありません」
「だる。ここカラオケは?」
「ないです」
はぁ~マジで超だるぅ~と大きなため息をつき携帯を取り出したのは、井上凪(なぎ)。16歳の女子高生らしい。肩に触れるか触れないかのミディアムボブのその髪は、桜のような薄いピンクに染められている。
ここBAR・TOUGH COOKIESは今日、本来なら定休日だ。そのカウンターに悪びれる様子もなく座り、何やら騒がしい動画(おそらくK-POPアイドルのMV)をイヤホンもせずに流し始めたJK…を見ながら、ため息をつきたいのはこっちだと、ともみは思った。
本当は、奥の個室にはカラオケがある。いっそそのカラオケをエサにその部屋に閉じ込めてしまおうかという考えがよぎったが、凪をここに連れてくることになった経緯を思うと、そうもいかない。
― 愛さん、遅いな…。
愛とは、Sneetの常連の御堂愛(みどうあい)。
その愛が、「この子の母親に連絡してくる」と、店の外に電話をかけに行ってから、既に10分は経過している。凪の母親と愛は昔からの友人らしい。
― また、つながらないのかな。
実は先ほどから、愛は何度か、母親に連絡を試みているのだが電話に出ないようで、店に戻ってきてはまた外に電話に行くということを繰り返している。
お酒は出さないけど、と、渡したノンアルコールのドリンクメニューが、華麗に無視されたままなので、ともみはスタッフ用のアイスティー(光江のロンドン土産の美味しい紅茶で入れたもの)をグラスに注いで、凪の目の前に置いた。
あ、どうも、と反応して、ちらりとともみを見た凪が、わ!と、そのままともみにくぎ付けになる。
「…なんですか?」
「店長さんって、ビジュ最高。めっちゃ私のタイプの顔だ~」
今日、なんかコンタクトの調子悪くて、さっきまで店長さんの顔がはっきり見えてなかったんだけどさぁ、と、凪はハイチェアから立ち上がる勢いで身を乗り出して、カウンター越しのともみの顔にさらに近づく。
「私ももうすぐ整形する予定なんだけど、店長さんの目ってもしかして…切開?二重幅が完璧だし、顎のラインも理想的♡ もし整形してたら、どこのクリニックでやったのか教えて欲しい~」
無邪気に興奮した凪に、ともみが全く整形はしていないと答えると、え~その顔で天然とかチートじゃん、などとしばらく騒いでいたが、やがて興味を失くしたようで、また携帯に目を落とした。
― 整形、か。
手術で顔を変えることへの抵抗が下がり、美容整形をしたことを隠さず公言する人もどんどん増えている今の風潮の中で、整形に対する偏見がないからこそ、凪は悪気なく…ともみに聞いたのだろう。
ともみも特に美容整形そのものを悪い事だとは思わない。けれど、整形と聞くと思い出さざるを得ない苦い記憶に、ざらりと胸が騒いだ。
― あ~もう、せっかくの休みだったのに。
ともみは今から二時間程前…ついSneetを訪ねてしまったことを、心の底から後悔した。
この記事へのコメント
凪の顔がどんなか気になるけれど、親権者の同意が必要な間は親に従って成人してから自分のお金で検討すればいいと思うけど。何言っても聞かなそう😂 あと愛さん元気そうで何より。
ルビーならこの小生意気なJKを手懐けた上でビシッと怒ってくれそうなのに。