「僕のほうがうれしいですよ。先輩とデートできるんだから」
― デート…。
私は、顔がポカポカしてきて、「そんなそんな」と返すだけで精一杯だった。
そして気づけば、1時間半が経っていた。
― ついつい、飲みすぎてしまった。
日本酒を売りにしているお店というだけあって、素晴らしいラインナップだったのだ。座っていても体がフワフワしてくる。
「菜穂さん、そろそろ行きますか?美味しかったですね」
「うん、どれも最高でした」
そう言った私を見て、澤石さんは「相変わらずいい飲みっぷりでした」と笑う。彼も日本酒をゆっくり1合飲んだので、顔が赤い。
お会計は「かっこつけさせてください」と言う彼に甘え、心地いい満腹感のまま店を出た。
「ごちそうさま。いい金曜日になりました」
「よかったです。あの、ちょっと散歩しませんか?」
初夏の風に当たりながら、歩き出す。そのとき、澤石さんの手が私の手をそっと包んだ。
― あ…大きい手。
「…嫌だったら、言ってください」
「え?あ、ううん。嫌じゃ、ないです」
手をつなぐくらいなんだと自分に言い聞かせ、歩く。お互いの中学高校時代の話をしていたら、緊張は解けていった。
そして、5分くらいが経っただろうか。
丸の内仲通りを歩いてしばらくしたところで、澤石さんは速度を落とした。
「あの。桜庭さん」
「ん?」
「僕、桜庭さんのこと好きになりました」
あっけにとられる私をしっかりと見つめながら、澤石さんは言う。
「研修のときから、聡明で、素敵な人だなって思ってはいました。でも、前回飲んでみたら、驚くほど楽しくて。今も、すっごく幸せな気持ちで」
澤石さんは、困り顔になっている。
「それで…。迷惑だったら、聞かなかったことにしてください。早すぎるのもわかってます。でも、僕は、桜庭さんとお付き合いしたいです」
私は必死に、「どうする?」と自分に問う。
まだ2回しかちゃんと話していない。本当に私でいいのだろうか。
そもそも、本気?若いし、結構モテそうなのになぜ私?
たくさん話し合うべきことがある気がしたが、彼のまっすぐな目を見て、私はうなずいてしまった。
◆
「え、付き合ったの?」
4つ下の妹・由佳が目を丸くする。
「うん、付き合った。一昨日」
「…ええ、急展開。そっか、私より1つ年下かあ」
由佳は、パスタを一口味わったあと言う。
「まあ、年の差なんていいか。関係ないよね」
「え、ありがとう…。もっと色々言われちゃうかと思った」
「お姉ちゃんが選んだんなら応援するよ。ただひとつ思ったのは…」
私には、これから由佳が言おうとしていることがわかる。
ダンス部のみんなに澤石さんの年齢を打ち明けたときも、多分みんな同じことを思っていたような気がするから。
「…その人若いから、結婚は考えてないかもねえ」
― ほら、やっぱりそう思うよなあ。
由佳は、思ったことをまっすぐに言ってくれるからいい。私は、パスタを巻いていたフォークを、プレートに寝かせるようにして置いた。
「きっとそうだよね…。由佳の言うとおりだと思う」
5歳差の恋愛なんて、普通なことだと思う。女性が年上というのは珍しいかもしれないが、まあ、ある話だ。
でも、結婚願望がある30歳女性が、25歳と付き合うとなると――婚期が。
「…お姉ちゃん?パスタ伸びちゃうよ」
由佳が、私のグラスに、冷えた水を注いでくれる。
その水を飲み干しながら私は、「考え直したほうがいいかな」と思ってしまうのだった。
▶前回:5歳下の後輩男子に誘われ「サシ飲み」をした30歳女性課長。解散後に来たLINEに困惑したワケ
▶1話目はこちら:「時短で働く女性が正直羨ましい…」独身バリキャリ女のモヤモヤ
▶NEXT:6月18日 水曜更新予定
久々の恋愛を楽しんでみる菜穂。幸せにどっぷり浸っていたら、ある事件が…
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