♂「2軒目は彼女が乗り気だったら行けばいい。生き急がなくなったのは年齢か、経験か」
後半、ペースが落ち着いてワインをボトルで開けた頃、「お仕事楽しそうですね」と彼女が言った。そのシンプルな言葉から「独立したばかりは大変だったけど」と、身の回りを少し話すことになった。
不動産大手で40を過ぎた頃から上司と部下の間で板挟みが増えた。就職氷河期の勝ち組のようで、その実、辛酸も多かった。
「いまは自分の時間が増えたから、実家にも帰る頻度も高くなって」と、親が高齢になってきた45歳らしい話にも。
彼女の「出身どこでしたっけ?」から基本の自己紹介が始まる。昔は名古屋と言ってたが、「名古屋から電車で30分の」と、正直に田舎だと話す。彼女は「私のほうが」と、熊本の地元がいかに自然豊かか教えてくれた。
そんなふたりが、港区のど真ん中でブルゴーニュのグラン・クリュを開けている。
「最近、実家にちょっと高い防犯カメラをつけたんだ」という話をすると、彼女は「私はペットカメラを」と見せようとした。
♀「2軒目に行くつもりだったけれど、急の帰宅。嫌な顔を見せない余裕が、心地良かった」
ペットカメラをつけると、愛犬が想定外に荒ぶっていた。届かないはずの充電コードをかじっているようだった。誤飲が心配でいてもたってもいられなくなった。
ちょうどコースが終わっていたので、「ごめんなさい、家に戻ったほうがよさそう」と彼に言うと了承してくれて、「お会計は済ませておくから気にしないで」と送り出してくれた。
充電コードは噛まれていたものの誤飲の形跡はない。彼にお詫びのLINEを入れた。
「よかった!じゃあ話の続きはまた今度」
前は軽いノリの印象だったけれど、それは気のよさだったかもしれないと35歳のいまは思う。あの歳になって柔軟なのも珍しい。
SNSに彼がのせているグルメの話を聞くと、毎日2食必ず外食とか。料理は全くしないが、「意外と簡単ですよ」と私が言うと、「何を参考にしたらいい?」と始めることに躊躇がなさそうだった。
続けて「料理ができる人のほうがいい?」と聞かれ、「そうですね。よくカレーをスパイスから作る男性と付き合ってはいけないっていうけど、私はそういう人好きかも(笑)」なんて会話をすると、興味深そうに笑う。そのあとは、私が働くコンサルの話を少し。
最後まで、なぜ独身か、彼氏はいるのかは聞かれなかったし、私も聞かなかった。今日の楽しい写真を見返しながら、近いうち、今度は私がご馳走するデートに誘おうと思った。