26362fb2fd493d59403dd5bc563942
TOUGH COOKIES Vol.12

「最低な男だとわかっているのに、まだ好き…」憧れから始まった恋愛に29歳女が執着するワケ

でもそれはほんの一瞬で、ルビーの視線はすぐにともみから離れ、黙ったままの桃子に戻った。

「桃ちゃんだって本当は、とっくに気がついてたでしょ。女性として好きだとは実は一度も言われてなかったりしない?ってことは、その男は最初から、桃ちゃんの才能が欲しかった。

もしかしたら自分の才能に限界を感じ始めてたとか?そんな時に桃ちゃんの才能をみつけた。で、うまく自分に懐かせて、プライベートでも支配して、アイディアをどんどん盗もうと思った。ってことでアタシの読み的には、その男は一度も、桃ちゃんに恋をしていないと思うんだけど」

「…ルビー、その言い方はダメ。やめなさい」

すみませんと桃子を見たともみに、いえ、と小さく答えてから桃子は続けた。

「私にはそんな才能なんて…彼が私を利用したいと思う程の才能があったとは思えません。だから多分最初は…」

「純粋な恋だったと思いたい?それに自分に才能がないって本当に思うの?じゃあなんで今、そんなに怒ってるの?」

「…怒ってるっていうか…」

「アタシには怒ってるように見えるし、桃ちゃんはまず、自分が本当は何に怒ってるのかをはっきりさせた方がいいと思う。そもそも盗作されたと思うなら、会社に訴えればいいだけなんじゃないの?全て渡して証拠がないっていうけど本当に?探せばきっと何かはあるはずでしょ?」

「だって彼が社長で彼の会社なんですよ?それでも…大きな会社じゃないけど、コンプライアンス担当のスタッフもいるし法務部もあるから、その人達にも訴えにいきました。

でも私が会社に属して永井さんのデザイン室で働いている限り、私が仕事場で勤務中に描いたそのデザインは職務著作…とかいうやつになって、自動的に会社に権利が帰属するそうなんです。

上司に指導を受けていた時間は勤務中にあたるし、私はデザイナーのアシスタントという職務なのだから、アシスタントの発案を使って永井さんがコンセプトを決めたり服を作ったりすることは、法的には問題がないと言われてしまって」

ルビーにあおられたかのように、桃子の言葉の熱が上がっていく。

「それに、デザインが描けてもそれを売れる服に落とし込めるかは別の才能だからと。たとえ自分のアイディアだったとしても、私がそれを服という形にできなかった可能性は大いにあるのだから盗作ではないと。

その上、私が永井さんにフラれたことを逆恨みして、盗作騒ぎを起こしていると噂が広まって。親切に指導してくれていた永井さんを裏切った女、ちょっと優しくされただけで勘違いして舞い上がったイタイ女だって。社内だけじゃなく取引先とか…業界にも噂がまわったみたいで。はれ物に触るような扱いを受けるようになってしまったんです。私にはもうこれ以上…どうしようもなくて」

その状況がともみには痛いほどわかった。火のないところに煙は立たないというのはウソだ。保身に走る権力者によって0が100となり、事実が捏造され、それがまことしやかに広がっていくことがあることをともみは実体験として知っている。

しかも桃子にとっては…保身に走り彼女を傷つけたのが、ただの権力者ではなく恋した男だった。うつむいたままの桃子になぜだか胸がざわついたともみは、ルビーを再度制した。

「ルビー、まっすぐな正論が通じないときだってあるんだよ?正義がいつでも勝てるとは限らないんだよ?」

ともみが諭すと、ルビーは、へぇ~意外!と驚いた。

「ともみさんがそんなこと言うなんて。盗作するような男、しかも色恋仕掛けてだました相手から盗作するような男なんてただのクソじゃん。どんな手を使ってでもバキバキに復讐してやるべきじゃない?法的に戦えないなら、SNSにだってなんにだって晒してやれば…」

「ルビー!」

今度はともみが驚いた。自分の声が思いのほか大きくなってしまったことに。固まり自分を凝視する桃子に慌てて、今日何度目かの謝罪をし、小さく息を整えてからルビーを見た。


「その男がどんなに最低な男でも、桃子さんにとっては大切な人だった。だからルビーが彼を否定して、桃子さんの幸せな思い出を傷つけて奪おうとするのは間違っていると思う。復讐したところで…桃子さんが本当に欲しいものが手に入るとは思えないしね」

ルビーは黙ったままだ。桃子の目にじわじわと涙が浮かんで、こぼれ、ともみの胸のざわつきが痛みに変わった。

― 私は何を言おうとしているのだろう。

らしくないことをしようとしている自分を、もう一人の自分が驚きながら見下ろしている感覚で気恥ずかしい。それでも言葉を止めようとは思えなかった。

「桃子さん、あなたはまだ、彼のことが嫌いになりきれないんですね」

桃子の顔が泣き笑いに歪んだ。そして頷き、バカみたいですよね、バカなんですけど、と繰り返す。

報われず、憎しみさえ生まれても、想いは簡単には消えてくれない。その葛藤に足掻く桃子に自分が共感しているということに、ともみはまた驚きながら続けた。

「ゆっくり聞かせてください。桃子さんがなぜ彼を嫌いになりきれないのか。彼との…恋の思い出を教えてください。誰にどう思われるとかどうでもいいし、気持ちが混乱したままなら、それをそのまま話してくれてもいい。とにかく桃子さんの本心を聞きたいです」

盗作についての話はそのあとで、とルビーを睨んで念押ししたともみにルビーは大人しく頷き、桃子は涙で語り始めた。


▶前回:付き合ってない男との旅行。28歳女が2泊予定を切り上げ、1泊で帰ってきた意外なワケ

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:5月20日 火曜更新予定

あなたの感想をぜひコメント投稿してみてください!

この記事へのコメント

Pencil solidコメントする
No Name
正論が通じない時もあるよね。それでもルビーがこのペテン師に復讐した方がいいと言う気持ちも分かる🥺
2025/05/13 05:5016Comment Icon1
No Name
うーん。結論が泣き寝入りするしかないとかだったら残念だけど、とにかく早く続きを読みたい。
2025/05/13 05:2514
No Name
なんとなく桃子がいつか自分のブランドを立ち上げ成功し、彼のブランドよりも知名度が上がった時、それが最大の復讐になるのかなぁ。でも作り話だし恩返しも復讐もきっちりやるストーリー展開の方が断然面白いから、一度光江さんに相談か? その後友坂家も巻き込んで?派手に復讐。  でも才能のある桃子が抜けた後、明らかに今までとは違うコンセプトやデザインに変わったとき、見る人が見たらあぁやっぱりと感じるだろうけどw
2025/05/13 07:4110Comment Icon1
もっと見る ( 14 件 )

TOUGH COOKIES

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

この連載の記事一覧