「何それ。友達になったからってこと?」
大輝は、きっぱりとともみをフッた後、今後の関係をともみに委ねた。ともみとしては、二度と会えなくなるよりは友達で…と伝えたことを、さっきルビーにもしたばかりだ。
「違います。だってそもそもともみさんって友達いないでしょ?」
「どういうことよ?」
「あ、私以外ってことですよ」
そういう意味じゃなくて、というともみを流してルビーが続けた。
「アタシ気がついちゃったんですよね。大輝さんの好きなその人妻さんですけど、その人とともみさんって似てるのかもなぁって」
「…は?」
心外極まりない、と思わずともみはルビーを睨んだ。その視線を気にすることなく、ルビーは既に4つの温泉餅を平らげたというのに、2つ目の瓶詰ティラミスも開封し始めた。
「不倫なんて選ぶ人、私とは思考回路が全く正反対だと思うんだけど。かよわくて不器用なふりしてズルい駆け引きをするような女(ひと)と一緒にされたくないよ。男に甘えて生きていきたくもないし」
勢いよく食べるけれど、包装紙はきちんと折りたたむ。食べ方がキレイなルビーに感心しながらも、ともみの言葉は尖った。
「あ~その辺がともみさんのジコニンシキってやつ?が間違ってるところだと思います」
と言うとルビーは、そろそろ時間だと立ち上がった。
「だってともみさんも、私からみたらかわいい不器用さんって感じですけどね」
「ちょっと何言ってるかわかんないんだけど?」
要領がよくて器用。それは誇張ではなく、自他ともに認めるともみの評価だったのだから。そんなことを思っていると、コーヒーカップを洗い始めたルビーが言った。
「恋のライバルのキライな部分って、実は羨ましい部分だって話聞いたことないです?」
ないと即答したともみに、アタシもどこで聞いたかは忘れちゃったんですけどぉ、と続けた。
「つまり、ともみさんは大輝さんのタイプだってことが分かったってこと。喜んでいいやつだよ?あ、まあ、ルビー的には、ですけど」
全く意味が分からない。呆気にとられたともみを残してルビーは「じゃあキャンドルつけちゃいまーす」とマッチを持って店内を回り始めた。
◆
Customer3:恋人だと思っていた上司に騙され、全てを失いそうな水原桃子(29歳)
― よかった、なんか思ったよりは…。
明るくてカジュアルな雰囲気だと、水原桃子は、少しだけだがホッとした。
1週間ほど前、西麻布の路地裏である男から助けてくれた男性が、桃子にこの店、TOUGH COOKIESのショップカードを渡してくれたのだが、女性限定のBAR、しかも紹介制の店だと聞いたので緊張して来たのだ。
「オレは女の子の話を聞くのが下手で申し訳ないんですが、もし、誰かに話しを聞いてもらいたかったら、この店に…」
ショップカードを渡してくれたのは、SneetというBAR の店長のミチさんという人だったった。高身長で筋肉質、しかも顔に傷のあるいかつい容貌なのに、不思議と怖さは感じなかった。
「さっき、あの男性に騙されたと仰っていましたけど、彼があなたに危害を与えていますか?もし警察に通報するべきことなら…これからでもオレが付き合いますけど」
おそらくあの男に腕を掴まれていたから、暴力を受けたのかもと心配してくれているのだろう。
表情の変わらない強面ながら、そのゆっくりとした口調と、見ず知らずの自分に対して警察まで付き添おうとしてくれる優しさに桃子の涙腺はもう一度崩壊した。
自分が泣かせてしまったのかと慌てた店長に桃子は首を横にふった。
「け、警察にいくようなことではないんですけど…、お、男の人には、は、話せることじゃなくて。でも、もう自分1人ではどうにもできなくて…」
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