最初はその誰かとは、宝のことだとともみは思った。大輝の告白を断り、今は結婚して海外で暮らしているらしい。無邪気に疑いを知らず、存在しているだけで周りに大切にしてもらえる愛されキャラ。自分とは正反対のタイプである宝がともみは正直苦手なのだが。
大輝にとって宝への思いは既に過去のものとなっていることを、Sneetのカウンターでの愛と大輝の会話からなにげなく知った。そしてもう一つ。どうやら大輝の想い人というのは人妻のようだということも。
初めて2人きりで酒を飲んだ日に、珍しくテンション高く大輝が酔い、そして饒舌になったのだ。
「彼女もう、オレのこといらなくなったみたい。離れたりくっついたりって時期はあったけど、でもやっぱりお互いが必要で、もう離れないって約束したはずだったのに。
オレって呪いでもかけられてるのかって思うよ。本気で好きになった人とは絶対にうまくいかないっていう呪い」
行かないでって縋ったけどダメだったなぁ、とケタケタと笑いながら大輝は目を伏せた。そしてしばらくの沈黙の後、その憂いを帯びた投げやりな視線が、ゆっくりと自分に向けられた時、ともみはその美に浮かされたように仕掛けたのだ。
「あの日さ、ともみちゃんが、今日は帰しません、絶対1人にさせない、って言ったの、かなりのパンチラインだった。帰りたくない、じゃなくて、帰しません、だよ。オレ、女の子にそんなこと言われたの初めてだったから」
大輝がグラスをゆっくりと回すと、薄い黄金色の液体の波にテラスの照明がキラ、キラ、と反射する。その小さな光の連続をしばらくみつめたあと、大輝はグラスに口をつけることなく言った。
「あの言葉にやられて、慰められたくなったの。この強くて強引な女の子に抱きしめられたい。慰めてもらいたいって。その誘惑に負けちゃった」
誘惑に負けたのはこちらの方だと言いたい。出会って以来負け続けているのだから。でもともみがそれを口にできなかったのは、大輝の顔が悲し気に歪んだからだった。
「…大輝さん?」
「ごめん」
「ごめん、って…?」
和やかに落ち着き始めていた心臓がドクンと跳ね、喉奥から何かがせりあがる。大輝の瞳が揺れ、唇が動く様子がまるでスローモーションのように、ともみには見えた。
「誘惑に負けちゃだめだった。甘えちゃだめだった」
― ああ、やっぱり。
「ごめん。ともみちゃん、ほんとにごめん」
― 何とか笑え、私。
告白すれば結果がどうであれすっきりするなんてウソだ。全くすっきりなんてしないし。胸の痛みも、恥ずかしさも増すばかりで、やっぱり今すぐ逃げだしたい。でもともみは意地でも…微笑んでみせる。
この記事へのコメント