寿人が結海にプロポーズをしたのは、2人で行ったヨーロッパ旅行でのこと。
「ヨーロッパは初めて」だという結海は、終始かわいくはしゃいでいた。
反対に寿人は、最終日にプロポーズをすると決めていたから、終始不安でソワソワしていた。
セーヌ川沿いで指輪を渡したときの、あの弾けるような笑顔に、一気に救われたのを思い出す。
隣にいる結海に、心の中でつぶやく。
― 出会ってくれて、ありがとう。
あの日、静岡のキャンプ場に行って本当に良かった。そうじゃなかったら今頃、どうなっていただろう。
幸せに暮らしていたとは思うけれど、こんなに誰かを愛しく思う気持ちには、一生出会えなかったと寿人は思うのだ。
「ねえ、寿人?」
結海が、小声でささやく。
「ん?」
「ありがとうね。出会ってくれて」
「…僕もいま、そんなことを考えてた。僕のほうこそ…」
感謝を言おうとしたが、言葉より先に涙が込み上げてきそうで、寿人は慌てて咳払いをする。
扉が開いたそばから自分だけが号泣しているなんて、華に一生からかわられそうだから。
「…あとで、たくさん話そ」
そのとき、「花のワルツ」が、生演奏らしい重厚感のある響きで聞こえてきた。
結海と彼女の父親が、まだ時間はあるのにあわてて腕を組む。
その様子に、寿人はほっこりした気持ちになり、にっこりと笑った。
「では、ご新郎様はお先にこちらへ」
重厚感のある扉の前に、一人で立つ。
心躍るようなメロディに合わせて、両親、華、サブちゃん…。これまでの人生を彩ってくれた、大切な人たちの顔が順番に浮かぶ。
見慣れた顔を思い出すと緊張はほぐれてきて、代わりに照れくささが寿人を包んだ。
これからも、彼らに支えられながら、あきれられたり、うんざりされたりしながら、前に進んでいくのだろう。
新しく大切な人に加わった、結海とその家族にも囲まれながら…。
寿人は思う。
― どうか、幸せになろうな。みんなで。
ゆっくりとドアが開いた。向こうから、さざなみのような拍手が聞こえてくる。
その温かい、幸せな音色に耳を澄ませ、寿人は一歩を踏み出した。
Fin.
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番外編:寿人の妹・華の恋
この記事へのコメント
実家の手伝いに追われて体が悲鳴をあげていたって、自分が息抜きに手伝いたいって言ったくせに。 どうでもいいけど、クソだっさいウエディングドレス選んだんだろうな〜