TOUGH COOKIES Vol.6

「この人は私がいないとダメ」と相手に尽くしてしまうのは、ただの独占欲から。次第に執着心に発展し…

「捨てたくないですよ!!でも続けるか続けないかって、私が決められることじゃないじゃないですか。パワハラとかありもしない話まででっちあげられて。いくら私が芝居を諦めたくなくても、世間が許してくれません」

「何でですか?」

興奮しまくしたてたみず穂とは対照的に、ともみがキョトンとそう聞いた。

「何でですかって…炎上し続けているのを知っているでしょう?」

「パワハラってウソなんですよね?」

「ウソだったとしても世間にとっては関係がないってことは、ともみさんもよくご存じでしょう?面白い方が真実になるんですから」

「でもそれとみず穂さんが芝居を続けられないことって、全く関係ないと思うんですけどね」

ともみの明るい口調にみず穂が口を開けたまま固まった。21歳らしいあどけない表情もできるんだなとともみは笑いだしそうになるのをこらえて言った。

「だって“活動自粛”なんですから。誰かに止められているわけではなく、あくまでも自ら大人しくしているだけなんですから、自分の意志でいつでも再開できますよね?

確かにみず穂さんは間違ったことをした。そこはきっちりと反省するべきです。でも、無期限活動自粛って表現がまるで死刑判決…は言い過ぎですけど、無期懲役?みたいに使われる最近の風潮もどうかと思うし。

そもそも誰のための自粛なんですか?世間の皆さんが怒ってるからとりあえず大人しくしとくってことなのかもしれませんけど。

でもその世間の人達って、匿名で無責任な人達ですよ?その人達のために未来の全てを諦める?みず穂さんは法に触れる罪を犯したわけでもないです」

で、でも…とみず穂がモゴモゴと口にする。

「私の今のイメージは性悪女で好感度ゼロだから…」

「確かに今までの役はできないでしょうけど、性悪女の役も、好感度ゼロの役も面白そうじゃないですか?

だってたぶん…みず穂さんは人気者を目指してきたわけじゃない。ただただ芝居が上手くなりたかった人でしょ?だから他人の芝居にも厳しくて、だからこそ、アイドル上がりの女優さんが目薬を使わなければ泣けないことが許せなかったんでしょう?なのに世間に嫌われたから辞める?

良い時も悪い時も人生は自分のもののはずです。未来を他人のジャッジに委ねていいんですか?」


ともみのそのからかうような言葉に、みず穂がまた唖然とし、ルビーは確かに、と笑った。

「裏アカをはっきりと認めて、元アイドルの女優さんをはじめ、みず穂さんの言葉で傷つけてしまった人達にきちんと謝ってください。そして反省をきっちりした上で、批判を続ける人達がいたとしても、これからも芝居を続けていきたいと開き直ってしまえばいいんですよ。

今までみたいな大きなドラマや映画は無理でも、舞台だって沢山あります。きっとそれはいばらの道です。それでもトライする意味はあるかと。だってみず穂さんの才能は私みたいに“一度でもそこそこ売れた”レベルとは違いますから」

「……え?」

「私とは違って、みず穂さんの才能は本物なんです。そんな才能を無駄にする人がいるなんて、私、本当に許せないんですよ」

だからかっこ悪くても業界にしがみついてもらわないと、とにやりと笑ったともみの笑顔が、光江に似すぎているとぎょっとしたルビーがそれを口にすることはなかった。


その1週間後。

店を終えた後、ルビーのカラオケに付き合い、その後の豚骨ラーメンコースに付き合わされたともみの携帯が着信した。

『明日、9時待ち合わせ、大丈夫?』

大輝からのLINEだった。大丈夫だよ、と返したともみに目ざといルビーが気がつく。

「あ~もしかして大輝さんから?明日から旅行ですもんねぇ」

いいなぁと心底羨ましそうな顔をしたルビーには正直に話していた。明日から2日間の休みをともみは大輝と旅行に使うのだ。

誕生日のお祝い何がいい?と聞かれたのでともみは旅行をねだった。予想外だなと笑われたけれど、快諾してくれてプランは全て大輝が考えてくれている。ともみはまだ行き先をしらず、2泊分の用意をしてくるようにとだけ言われていた。

― ちゃんと、話そう。

ともみはこの旅行で、はっきりさせるつもりでいた。大輝に想う人がいたとしても、できれば自分の気持ちを…正直に伝えたい。

― うまく話せるか…わからないけど。

冷静に自己分析できる性格を自負しているけれど、こと恋愛だけはと本心にたどり着くことが自分でも怖くて。明るいふりで遊び慣れたふりをしてきたその不器用さを隠し続けてきた。でも。

水餃子をつつきながら大輝の顔を思い浮かべたとき、今度はルビーの携帯が着信した。相変わらず大食いのルビーは2つ目の替え玉ラーメンをすすっていたけれど、その箸をおき、画面をのぞき込んで、あ~!とうれしそうな声を上げた。

「みず穂ちゃんからだ!」

どうやらみず穂からのLINEだった。いつのまにみず穂と連絡先を交換したのかルビーに突っ込むことはとりあえず置いておき、ともみはルビーに見せられたその画面の文字を読んだ。

『事務所の人達に迷惑をかけたことを謝って、裏アカでディスってしまった人達にも1人1人謝りに行ってきました。今のマネージャーさんも社長も一緒に頭を下げてくれて。本当にバカなことをしてしまったと今は心から反省しています。

その上で、私はやはりどんな形でも芝居がしたいと思いました。それを事務所のスタッフにも伝えることができて。応援してくれるそうで来週記者会見します。世間に許されなくても嫌われ続けても…どんなに厳しい道でも踏ん張ってみます。

ゼロから出直すつもりで芝居を続けていく覚悟を決めたので、会見というより宣言になっちゃうかもしれないんですけど。


ルビーさんありがとう。そしてともみさんにもお礼を伝えてください』

― よかった。

そう思えた自分にともみは少し驚いた。初めて感じるこの胸のむず痒さはなんなのか…という疑問は、ルビーの「大将、替え玉もう一つ~」という、まさかの3つ目の替え玉注文の声に吹き飛ばされてしまった。


▶前回:「幸せそうな彼女がなぜ?」SNSで悪質コメントの犯人を突き止めたら、意外な人で…

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:4月3日 木曜更新予定

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この記事へのコメント

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No Name
たった一度のうっかりミスが命取りになると言う事は多々あるよね。それを、私だけが悪いわけじゃないのにとかミスは誰にでもある事だから…等の開き直り的な考え方も良くないと思う。世の中にはミスが許されないケースの方が多い。パイロットがミスすれば墜落して多くの犠牲者が出る、医師看護師もミスが患者の死に繋がる場合も。 やってしまった事の反省と謝罪は真っ先に必要だったと思うから、ともみに言われるまで気付かなかったみず穂もちょっとズレてるなぁとも感じた。 CM等は特にイメージが大切だから今は無理だと思うけど、本当にお芝居が上手ならほとぼりが冷めた後いくらでも声はかかるはず。
2025/03/27 05:4033
No Name
ともみは言ったこと全てがどストライク過ぎて、すごいスッキリした!
2025/03/27 05:2827返信2件
No Name
被害者ぶったところで人生が好転することなんてないです
本当にその通りですね。すごいボリュームで読み応えもすごかったけれど、この連載では珍しく脱字(入力ミス) が目立っていて残念でした。多分、作者と入力する人は別だと思うけど、人気連載なので読み返すなどして防いて欲しいです。
2025/03/27 05:5624返信6件
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