TOUGH COOKIES Vol.6

「この人は私がいないとダメ」と相手に尽くしてしまうのは、ただの独占欲から。次第に執着心に発展し…

「孤独で…寂しかったし、不安でした。母がいなくなったことが思ったより堪えたんです。そんな時に洋子さんもヘアメイクさんもいなくなって。

それなのにその頃よりずっと忙しくなった。毎日毎日家と現場との往復で、今どこにいるかが分からなくなるうちに、1日がものすごいスピードで過ぎていく。

求められる役を必死で演じて、また別の役を与えられて必死になる。でもその間ずっと、これでいいのだろうかという不安が消えませんでした。

今までなら母や洋子さんが、ちょっと違うんじゃない?とかもう少しこうしてみたら?とかアドバイスしてくれていたけど、それがなくなってしまったから」

「だから、鍵アカの2人に相談や愚痴を続けたんですね」

ともみが言うと、みず穂は自虐的な笑みを浮かべた。


「今回、私が裏アカで悪口ばかり言ってたみたいに切り取られましたけど。メインは私が見た映画やドラマの感想を呟いて、それにたいして意見を交換する、みたいな感じだったんです。あの作品のココが良かった、私もこういう芝居がしたいとか。

それに対していつも、洋子さんが、みず穂ならできるよ、私も見たいって応援してくれていた」

「それって、LINEとかもっと直接的なやり取りじゃダメだったの?鍵アカみたいにするんじゃなくて」

ルビーに聞かれ、「あの頃の自分にそう言いたいです」と表情を曇らせ、みず穂は続けた。

「私にとっては、そこに絶対的に信頼できる、何でも話せるコミュニティが存在しているという安心感が必要だったのかもしれません。実生活では失ってしまった大切な関係を、そのアカウントが繋いでいてくれている気がしていたんです。

それに鍵アカはLINEとかと違って、言葉を選ばず吐き出せて、相手に返信を強要することもないから。まあ結局裏切られちゃって、信頼もなにもなかったってことですけど」

でも、と何かを振り切るように、みず穂は声を張った。

「芝居ができなくなった東条みず穂なんて価値がない。別の人生を探さないといけないことがわかっているから、今日ここに来たんです。ともみさん…もしよければ、教えて頂けますか?」

「何をでしょう?」

「私と同じように裏切られて芸能界をやめたあなたが、どうやってに立ち直って、新しい人生を始めることができたのかを」

ともみの表情は変わらなかった。それに焦れたようにともみが続ける。

「もうお気づきだとは思うのですが、私はここに来る前にともみさんのことを調べてきました。そうでもしないと…いくら社長に勧められたからって、怖くてこれなかったから」

「お気持ちはわかりますよ。きっと私がみず穂さんでもそうしましたから」

ともみは本心から言った。他人に暴露されて炎上中の芸能人なのだから、訪れる場所には用心が必要だ。そのためにみず穂が自分を調べてきたことに、ともみは感心すら覚えていたから。ただ。

「みず穂さんの情報は間違っています。確かに私は世の中の基準でいくと“裏切られた側”に見えるのかもしれません。でも、私は裏切られたから芸能界を辞めざるをえなかったのではないんですよ」

「…どういうことですか?」

たぶんみず穂が持っている情報は“できごと”としては正しい。でもその情報から抜け落ちているものがいくつかある。そのうちの1つは。

「私は辞めることを自分で選んだんです。もちろん歌って踊ることが好きでしたし、その道で成功したいとできることはなんでもやりました。だからこそみず穂さんの言葉を借りるなら“一度でもそこそこ売れた”アイドルにはなれたんですよね」

この店に来てすぐみず穂がともみを表現した言葉だ。みず穂は少し気まずそうな顔になったが、ともみはイヤミとして引用したわけではなかった。

「でも結局私は、“一度でもそこそこな存在”能力しかなかったってことを、思い知ったんです。正直裏切られることなんて芸能界に入ってから日常茶飯事的にありました。

いちいち気にしてられないし慣れていくものです。その度に負けるもんかと乗り越えてきた。でもね、勝てなかったんですよ、最後の最後はね」

「…勝てなかったって…何にですか?」

みず穂の疑問にともみは詳しく答える気はなかった。ルビーが心配そうな顔で見守っている。いつかルビーには話せるときがくるのだろうかとぼんやり思いながらともみは続けた。

「私、自分の人生を誰かのせいにすることって本当に嫌なんです。確かに私は他人にハメられたのかもしれません。でも辞めたことにもう後悔はないんです。強がりではなく本当に。

裏切られたとしても、被害者ぶったところで人生が好転することなんてないですから」

ともみのその黒ぶちメガネの奥、大きな黒めがちな瞳に射貫かれ、みず穂は後ろめたさと苛立ちが混じり、思わずともみを睨んでしまった。

「ちょっとここからは私の憶測を話させてもらっていいでしょうか?」

黙ったままのみず穂の承諾を待たずにともみが続けた。

この記事へのコメント

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No Name
たった一度のうっかりミスが命取りになると言う事は多々あるよね。それを、私だけが悪いわけじゃないのにとかミスは誰にでもある事だから…等の開き直り的な考え方も良くないと思う。世の中にはミスが許されないケースの方が多い。パイロットがミスすれば墜落して多くの犠牲者が出る、医師看護師もミスが患者の死に繋がる場合も。 やってしまった事の反省と謝罪は真っ先に必要だったと思うから、ともみに言われるまで気付かなかったみず穂もちょっとズレてるなぁとも感じた。 CM等は特にイメージが大切だから今は無理だと思うけど、本当にお芝居が上手ならほとぼりが冷めた後いくらでも声はかかるはず。
2025/03/27 05:4033
No Name
ともみは言ったこと全てがどストライク過ぎて、すごいスッキリした!
2025/03/27 05:2827返信2件
No Name
被害者ぶったところで人生が好転することなんてないです
本当にその通りですね。すごいボリュームで読み応えもすごかったけれど、この連載では珍しく脱字(入力ミス) が目立っていて残念でした。多分、作者と入力する人は別だと思うけど、人気連載なので読み返すなどして防いて欲しいです。
2025/03/27 05:5624返信6件
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