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「今日は来てくれてありがとう。華ちゃんともっと仲良くなりたくって誘ったんだ」
先週華は、表参道から少し離れたところにあるカフェで、結海と2人でお茶をした。店内はとても静かで結海の優しい声がよく響いた。
名物だというフルーツタルトとコーヒーを注文し、他愛もない話をする。
結婚式準備のエピソードについてあれこれ聞いていたら、あっという間にケーキを食べ終えてしまった。
結海がフォークをお皿に置き、華に聞く。
「華ちゃん、最近仕事はどう?」
「楽しいです。飲料メーカーの宣伝部に配属されて、この4月で2年目になりました。チームはみんないい人ばかりだし」
無邪気に言いながら華は、「でも」と眉間にシワをよせ、声をひそめる。
「仕事はいいけど、恋愛が、今微妙なんです」
「そうなの?」
華は、自分の恋愛事情について話し始める。
「今の彼氏とは、大学時代にバイトしてたペットショップで知り合ったんです。もう2年付き合ってるんですけど、最近、会ってもなぜか上の空で。会う回数も減ってきて…。だから一昨日電話で『なんで?』って問い詰めたら、仕事が忙しいからって濁されて」
「ええ…」
「彼はIT企業に勤めてて、確かに忙しそうなんです。でも、ほんとに仕事なのかな?他に誰かいい人ができたのかなって疑ってます。次会ったら、本心を吐かせます」
華は、小さくパンチのジェスチャーをしてみせる。そんな華を見て、結海はしっとりと言った。
「華ちゃんってすごいよ」
「え?なんでですか?」
「私、昔から、人に何かを言うのが苦手で。傷つけたり、揉めたりするくらいなら、我慢するほうが楽だからってやり過ごしてきたの。恋愛も、仕事も、家族との関係も」
結海が一瞬、遠い目をする。
「うまく本音を言えないから、時間も労力も無駄にしてきたの。だから、若いのにしっかり言葉にできる華ちゃんを尊敬する」
― 尊敬、だなんて!
「そんな大層なもんじゃないです。たぶんお兄ちゃんのおかげだし」
「寿人くんの?」
「あの人、何でも受け止めてくれるじゃないですか。何か言ったときに、怒ったり反論したりする前に、一回どしっと受け止めてくれる。そんな人がずっと近くにいたから、自分の気持ちを言葉にするのが得意になったんだと思います」
結海は「なるほどね」と頷いた。
「寿人くんみたいな人が近くにいたら、私も本音を言えるタイプに育ってたのかもな」
それを聞いて、華は思った。
結海はかつて「うまく本音を言えない」タイプだったのかもしれないが、華は、それを感じたことはなかった。寿人といるときの結海は、とてものびのびした性格に見える。
― お兄ちゃんの優しさで、結海さんも変わってきてるんじゃないかな。
「……華?ねえ?」
母親に肩を叩かれ、華は我に返る。目の前で、純白のドレスをまとった結海が微笑んでいる。
「さ、華。親族みんなで写真撮るのよ」
現実に引き戻された華は、その幸せな光景に、改めて目を細めた。
《サブちゃんSIDE》
「横浜らしい、いい式場だな。お!なんかある」
三郎は、足を止めた。
ウェルカムボードの横に、メッセージブースが設定されている。
テーブルには、水色のメッセージカードが並べられていた。カードを貼り付け、ゲストみんなで大きな富士山のアートを作るのだという。
「…なんで富士山?」
横にいる三郎の妻・ミチが首をかしげる。それから数秒で「ああ」と納得の笑顔になった。
「そうか、寿人くんと結海ちゃん、静岡のキャンプ場で出会ったって言ってたもんね」
膨らみが目立ってきたお腹を擦りながら、ミチはカードとペンを手に取った。
「ねえ、三郎も書こう」
「おう、もちろん」
三郎のペンは、すぐに動き出した。寿人に伝えたいメッセージなど、もう決まっているからだ。
この記事へのコメント
番外編にもなってないような....
これなら全く別の一話完結で他のライターさんが書いた話を読みたかった。
『華なんて、今さら』 サブ🥶