TOUGH COOKIES Vol.3

「友人の結婚式でスピーチなんてしたくない…」32歳女の誰にも言えない本音とは

悪いことをしていない…?そんなわけはないと小春は反論する。

「だって、私は…良太さんに告白して体の関係を持とうとしました。拒絶された後も、抱きしめて眠ってもらって、それに結衣さんが、良太さんのことを男として見れないって言っていたことも告げ口のように伝えて…」

「でも、そんな小春さんの、卑怯で体当たりな告白にも良太さんの気持ちは揺るがなかったわけですよね?それどころかその後諦めずに結衣さんに愛を伝えて、その愛を実らせ結衣さんと良太さんはこれから幸せになろうとしている」

つまり…とともみが続けた。

「小春さんが過ちだと思っているその裏切りとやらは、結衣さんと良太さんの人生になんら影響を与えていないんですよ。むしろ良太さんにとっては、小春さんの行動が結衣さんを諦めないきっかけになったかもしれない。

小春さんは良太さんに、結衣さんのことを諦めないでと伝えたわけでしょう?」

と、ともみは笑った。小春の脳裏に、握手をして良太の家を出たあの朝の光景が蘇ってくる。

「でも…私が大好きな結衣先輩のことを裏切ってしまったのは事実なんです。それに良太さんへの想いが今も…」

良太にふられてから、恋はしようとしたし、他の男性とも付き合ってきた。なのに…結婚が決まったと結衣から報告された時、小春は、まざまざと良太への未練を思い知らされたのだ。


「つまり…あなたは壊したいんですか?2人の今の幸せを」

「…そんなことはありません……でも、一生に一度の結婚式なのに…裏切った私が親友のスピーチなんて…先輩に申し訳なくて…ならばいっそ、嫌われた方が…」

「嫌われる?裏切りを告白して?でも今、結衣さんが真実を知れば、どうなります?」

「それは…」

「2人の結婚は壊れるでしょうね?壊れなかったとしても間違いなく2人を傷つける。その場合小春さんも2人との全てを失うでしょう。

墓場にまで持っていくべき秘密とも言いますが、誰かの幸せを壊す真実なら話さない方が良いこともあります。それに…結衣さんと良太さんの物語において、小春さんは脇役なんです」

「…脇役…」

「そう。小春さんはこの恋物語においてずっと脇役でした。というか主人公になる努力をしなかった。私は小春さんの…今回の裏切りにつながる失敗は、あなたが思うよりももっと手前にあったと思います」

手前に?と聞いた小春に、ともみが淡々と続ける。

「結衣さんと良太さんが付き合う前なら、小春さんにも正々堂々と告白するチャンスはあったはずです。それなのに好きだと思いながら行動に移さなかった。なぜですか?」

「あの時は…彼が結衣先輩をずっと好きだと言ってましたし…他の女の子ではダメだという話も聞いていたから…」

「自分が動かなかったことへの言い訳を、この先もずっとそんな風に探し続けるんですか?」

ともみの言葉に、小春はハッとしたように固まった。

「小春さんにも主人公になれるチャンスはあったんです。でもそのチャンスにトライしなかったから、小春さんは闘わずして脇役になった」

闘わずして脇役に…その響きが、小春の胸をえぐる。

「結衣さんと良太さんが付き合う前に、一度でも気持ちを伝えるなどの行動に移せていれば、たとえふられたとしても未来は違ったはずです。

でも行動しなかったことで小春さんは片思いを悶々とこじらせ…大好きな先輩を裏切ることにつながったのではないでしょうか。そして今も過去に囚われたままです。

小春さんと違って、結衣さんと良太さん2人は行動し続けたから主人公になれた。そして過去の失敗を乗り越えて未来に進んだわけです。特に良太さんは一度断られても結衣さんを諦めずに愛を伝える努力をして愛を実らせた。

そんな主人公たちの努力を…幸せを壊す行動に出るのなら、それはもはや脇役ではなく悪役の仕業ということになります。小春さんには悪役として…2人の憎しみも恨みも受けとめながら生きる覚悟はありますか?」

「…悪役…」

「まあ、悪役には結構な才能が必要ですし、小春さんにその才能はなさそうですけどね」

「…私は…どうするべきでしょうか…?」

呆然と呟いた小春にともみは、私の意見を求めていただけるならば…とほほ笑んだ。

「もし、悪役になりきれないのなら。結衣さんのことが大好きで、結衣さんへの申し訳ない気持ちがあるなら尚更、小春さんが選ぶべき道は…結婚式に出て、親友として心を込めてスピーチをすることだと思います。

そして人生の晴れ舞台で輝く2人の、その最高の笑顔を目に焼き付ければきっと、その幸せを壊す過去の真実など話すべきではないと確信できるのではないでしょうか?」

ともみは、それができたなら、と続ける。

「過去の自分を…過去の小春さんの失敗や後悔を、今の小春さん自身が許してあげて欲しいんです。これ以上自分を罰し続けないでください。もう十分に苦しんできたはずですから」

そして、カウンターの上に置かれていた小春の手をそっと、握った。




▶前回:32歳女が、抱える秘密。高校時代からの親友に言えずにいる「あの夜」のこととは

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:3月13日 木曜更新予定
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この記事へのコメント

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確かに、披露宴に出席して幸せに満ち溢れる二人の姿を見たら心から祝福したい気持ちになると思うし、罪悪感も消えて小春自身も前に進めると思う。スピーチは人前で喋るの苦手で…とか理由つけて断ってもいい!
2025/03/06 05:3022返信1件
No Name
悪役になるにも才能がいる、という言葉、刺さりました。本当に彼が欲しかったなら先輩に嫌われて最悪な女になってでも、という覚悟が小春には足りず、みんなに良い顔をしたまま未練を引きずったってことなのでしょうか
2025/03/06 06:1619
No Name
小春としては裏切ってしまった自分が出席してもいいものか...とは言っているものの、実際は良太への気持ちがまだ残っていて辛いと言うことだと思った。ともみはカミングアウトして二人の関係を崩す必要はないと助言してたけど。
2025/03/06 05:3718返信1件
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