TOUGH COOKIES Vol.3

「友人の結婚式でスピーチなんてしたくない…」32歳女の誰にも言えない本音とは

それは今から2年程前。結衣と良太が付き合い始めて10ヶ月ほどが経った冬の日のことだった。

良太は本当に優しいけれど、結婚となると彼でいいのか確信が持てないという結衣に、小春は結衣と出会って以来初めての苛立ちを覚えてしまったのだ。

「…どうしてですか?あんなに結衣先輩のこと大切にしてくれる人は他にはいないと思うんですけど」

口調が強くなった小春に結衣は少し驚いたような顔をしながら、それはわかってるし、良太といると安心できるんだけどさ、と言って続けた。

「幼稚園の頃から知ってるからかな…良太に雄みをイマイチ感じられていないというか、男性としての良太を愛せてるのか…っていう迷いが再燃しちゃって…」

― 何、それ…!?

その苛立ちは良太への心配に変わり…。

『大丈夫ですか…?結衣先輩から話を聞きました』

連絡をして、初めて2人で会うことになった良太はとても弱っていた。

「結衣にふられることには慣れてるはずなんだけど…プロポーズを断られるって思ったより堪えるね」

その苦笑いが切なくて小春は、関係がダメになったわけじゃないんですから…と慰めたけれど、良太は弱々しく首を横に振った。

「…たぶん、オレじゃダメなんだよ。今はまだ結婚とか考えれないだけって言ってたけど…ほら結衣ってさ、今までもっと色気のある、オレについてこいってタイプとばっかり付き合ってたでしょ」

オレとは真逆だよねと自虐的にワインをあおった良太が、今回はもう本当にダメかもしれないなぁと笑った。

「ずっと一緒にいるのに、結衣の好きは全然増えないというかさ…。そんなこと片思いの時は全く気にならなかったのに、付き合えたからって欲張りになっちゃって…ダメだな~オレ」

「ダメじゃないです」

小春は思わず、声を荒らげていた。

「好きな人に欲張りになるのは当たり前です。結衣先輩がズルいんです」

「…小春ちゃん?」

心配を含んだ良太の視線に小春は、初めて結衣の悪口のようなことを言ってしまったことに気づいてうしろめたくなった。でも。

「良太に雄みをイマイチ感じられていないというか、男性としての良太を愛せてるのか…」

そう言った結衣の言葉を思い出すと、もう止まれなかった。

「良太さんは素敵です。人としても、男性としても」

勢いで言い切った小春に良太は驚いて、同情でもうれしいよと笑った。その笑顔に胸が締め付けられて、小春は飲めない酒をあおるように流し込んだ。



「…うわ、なにその…ありがちな展開…このあと、やらかす未来しかないよね?」

呆れたようなルビーの突っ込みを、うるさいよ、とともみが制して、小春に続きを促してくれた。

「…ほんとに…あの日はどうかしてたんです。今日はとことん付き合いますってことになって、飲み続けることになったんですけど、私も良太さんもアルコールにそんなに強くないから、気がついたら…」

「一緒に寝てた?」

またも突っ込んだルビーに小春はおずおずと頷いて、でも、と続けた。


「最初は良太さんの家でただ眠っていただけだったんです。たぶん2人とも酔っ払い過ぎて、なんとか帰宅したけど、すぐ意識を失ったって感じで。

でも…夜中にベッドに並んでいる状態で目が覚めて。良太さんは私に背中を向けて眠っていたんですが、この時を逃すともう2度と告白できないって思って、その背中に抱きつきました。酔いも残ってて、あの…お酒の力を借りてしまおうって」

「…あ~アタシ、酒の力で何とかしようとする女って大っきらぁい~。あ、でも続きをどうぞ?」

ルビーの反応はトゲトゲしいものなのに、どこか優しくて小春はそれをありがたく思った。

「良太さんの背中に抱きついて、好きですって言いました。そしたら…彼…振り返って抱きしめてくれて。私、舞い上がっちゃって。抱きしめ返したらキスしてくれて。その後、なだれ込むように…行為に…でも…」

思い出すと後悔しか浮かばず、小春は顔を歪ませながら懺悔の思いで言葉を探す。

「途中で…結衣、オレも大好きだよ、って言われたんです。彼はかなり酔っぱらっていましたし、寝ぼけていたのもあって間違えたんだと思います。私と結衣先輩を。

最初はそれでもいいって思っちゃったんです。結衣先輩の代わりでもいいって。でも…何度もうわごとみたいに、結衣大好き、大好きだよ結衣、って繰り返されるから…耐えられなくなって。言っちゃったんです。私は、結衣先輩じゃないよ、って」

すると良太はゆっくりと自分の腕の中をのぞきこみ、そのぼんやりとした瞳の焦点を合わせ始めた。そして。

この記事へのコメント

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確かに、披露宴に出席して幸せに満ち溢れる二人の姿を見たら心から祝福したい気持ちになると思うし、罪悪感も消えて小春自身も前に進めると思う。スピーチは人前で喋るの苦手で…とか理由つけて断ってもいい!
2025/03/06 05:3022返信1件
No Name
悪役になるにも才能がいる、という言葉、刺さりました。本当に彼が欲しかったなら先輩に嫌われて最悪な女になってでも、という覚悟が小春には足りず、みんなに良い顔をしたまま未練を引きずったってことなのでしょうか
2025/03/06 06:1619
No Name
小春としては裏切ってしまった自分が出席してもいいものか...とは言っているものの、実際は良太への気持ちがまだ残っていて辛いと言うことだと思った。ともみはカミングアウトして二人の関係を崩す必要はないと助言してたけど。
2025/03/06 05:3718返信1件
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