TOUGH COOKIES Vol.2

「実は彼と…」32歳女が、抱える秘密。高校時代からの親友に言えずにいる“あの夜”のこと

もちろん店を作る資金は光江が出すというが、毎月、決まった額を支払ってくれる顧客が既に決まっていて、それがある芸能事務所の経営者なのだという。

「だからちょっと変わった店にするつもりなんだ」
「え…?ただのBARじゃないんですか?」

驚いたともみに光江は、ちょっと説明が長くなるけど…と前置きをしてから続けた。

「最近、SNSで炎上した女優がいただろ?」
「ああ、東条みず穂、ですよね」

東条みず穂。正統派と言われる美貌と凛とした佇まいが人気の女優。子役上がりの演技力には元々定評があり、2年程前に朝ドラの主役を掴んで以来一気にブレイク。

出演依頼の絶えない売れっ子になったのだが…つい最近、公式のSNSにとんでもないものをポストしてしまったのだ。


「目薬がなきゃ泣けないウソ泣きド下手女優。あの女のせいで作品が台無し」

同世代のライバル女優を名指してこき下ろしたそのポストはすぐに取り消されたが、時すでに遅く、乗っ取り!?それとも裏アカと間違えたの!?と拡散され続けただけでは終わらなかった。

SNS民たちが熱狂し追求の手はやまず、裏アカが実在することが暴かれると、そこには他にも…数々の罵詈雑言が。子役の時から礼儀正しく優等生…という東条みず穂の世間のイメージとは程遠いその裏アカの内容は日本中に激震を走らせた。

事務所は謝罪文こそ出したものの、炎上につながった最初のポストが東条みず穂自身によるものだとは認めなかった。しかし…その一件以来東条は、CMの全てを降板、次回作が次々お蔵入りになるなど目下謹慎に追い込まれている。

ともみはそのニュースを知った時、愚かな自業自得とあきれた。ともみも元アイドルなので、同世代のライバルに嫉妬や恨み、理不尽な状況への怒りを持つ気持ちは分かる。でもそれを口に出すとか書いて形に残すなんて…恐ろしすぎて考えたこともなかった。

そもそも東条みず穂は、芸能界における成功者で恵まれた環境にいたはずだ。それなのになぜ、裏アカなど足をすくわれる可能性のあるものを作ったのだろうかと、ともみは不思議でならなかった。

「この店を作って欲しいと言ったのは、その東条みず穂の所属事務所の社長なんだよ。うちの所属タレント達が通える、秘密を守れる店を作って欲しいってね」

「…秘密を守れる店?」

「そう。社長はすごく後悔したわけだよ。どうしてあの子の苦しみに気づいてやれなかったんだろうと。どうやら東条みず穂には相当なストレスがたまっていて…それを誰にも言えずに事務所が禁止していた裏アカを作ってしまったらしいんだよ。

最初はただ吐き出す場所として使っていたらしいけど、次第にそれがストレス発散になりやめられなくなったと。

世間が求める自分であり続けなきゃとか、売れ続けなければとか、体型維持にもストイックに過ごす毎日で色んな意味で自分を崩せなかったなんて…そりゃ苦しいさ」

「…そんなこと、プロなら当たり前です」

言葉を尖らせたともみを光江が笑った。

「まあね、それが正論。でも彼女はまだ21歳なんだろう?しかも子どもの頃から芸能界にいて世間知らずで…自分をうまくコントロールできなくて感情が爆発したのも仕方ないと私は思うけどね。…で、話を戻すと。

社長に、第2の東条みず穂を出さないためにも、所属タレントが愚痴とか本音を吐き出せる店を作って欲しいと頼まれたってわけさ」

「…それが秘密を守れる店ってことですか?」

「そう。社長は今回の件は、東条みず穂が孤独だったことに問題があると思ってる。自分も含め、マネージャーやヘアメイクさんも…寄り添っているつもりだったのに誰も彼女の孤独に気がついていなかった。

彼女が本音を言えるスタッフがいなかったってことだよね」

まあ確かに…その気持ちなら分かるし、自分にも経験があるともみは思った。芸能界というのは特殊な環境だ。自分を商品として扱う事務所のスタッフに常に心を開けるとは限らない。ちゃんとした商品であれと矯正され、思わぬ形に作り替えられてしまうこともあるのだから。

だからさ、と光江が呟いた。

「彼女たちが、苦しくなった時に…友達のように話を聞いてもらえて、さらに秘密を守ってもらえる。そんな店があるといいって。社長はアタシに所属タレントの話をカウンセリング的に定期的に聞いて欲しいっていう狙いがあるみたいだけど」

確かに。政財界の大物や闇社会のボスまでもが意見を求める西麻布の女帝に、大切な所属タレントたちのカウンセリングしてもらえるのなら、月々決まった支払をすることくらい安いものだろう。

東条みず穂の事務所には確か女性タレントしか所属していない。だから女性専用BARにしたんですねと納得したともみに光江が頷いた。

この記事へのコメント

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No Name
すごい読み応え!!!
2025/02/27 05:2513
No Name
確かに。夢破れてドン底人生を味わった人の方が悩める女子たちに寄り添って親身に相談を聞いてくれると思う! 下手に、願えば何でも叶うよとか過度なポジティブ思考で苦労を知らない人よりも。やっぱり光江さん「人を見る目」に長けてるなぁ。
予想通りゲスト第一号は小春なんだ…。
2025/02/27 05:2613
No Name
毎月決まった額を支払ってくれる芸能事務所の社長もいい人だね。 問題起こしてCM等全てを降板した女優に、どうして彼女の苦しみに気づいてやれなかったんだろうって。現実では事務所を解雇して終わりなケースも多いけど。
2025/02/27 06:5911
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