「…なにこれ。なんか変な勧誘みたいで、怖いんですけど」
思わず失礼な本音を口にしてしまった…と店長の視線に気がつき慌てた結衣が、ごめんなさい、と頭を下げると、店長は首を横に振ってから言った。
「お気になさらず。うちのオーナーの考えることはいつもぶっ飛んでいて、僕にもさっぱりわからない言動も多いので」
そのとき、別の客がオーダーのために店長を呼んだ。そのタイミングで結衣は携帯画面にくぎ付けになったままの小春に気がついた。
「…小春?どした?」
「あ…その」
「ん?」
「あなたの決断をお手伝いします、って…どんな風に手伝うのかなって」
「…この店が気になるの?」
「あ、いや、そんなことはないんですけど。だってほら、BARなのに変ですよね?」
笑ってパタリと携帯を伏せた小春に、結衣が少し心配そうな顔で言った。
「…もしかして、今、何か悩んでる?だったら私が相談にのるよ。いつもみたいにさ」
「ですよね、いつもいつも、助けてもらってばっかりで。結衣さんには、ほんっとに感謝してます…!」
ふざけた様子で頭を下げた小春を結衣が、そうだよ、私は愛する小春のためならなんだってしちゃうんだから~とギュウッと抱きしめた。やめて~と笑いながら、小春がその腕から逃れようと身じろいだ時、何かがカツンと落ちた音がした。
「やばっ」
「私が探しますよ!」
小春の足先の少しさきで見つかったそれは指輪だった。結衣の左の薬指にハマっていたはずのエンゲージリング。
拾った小春が結衣に手渡しながら笑った。
「…婚約指輪のサイズ間違えちゃうなんてありえないけど…それも良太(りょうた)さんらしいですよね」
「だよね。でもさ、そういうところがまたかわいいのよ、あの人は」
「……やっぱり、サイズを直すまで外しといたほうがいいんじゃないですか?」
「やだ。少しゆるいだけだから普段は大丈夫だし」
「…失くしちゃいますよ…?」
「絶対失くさないから。プロポ―ズされたばっかりで外すなんてなんかイヤじゃない?それに今、世界中にこの指輪を見せびらかしたいくらいなんだから~!」
と、いたずらな笑顔を小春に向けた後、結衣は、なにより大切そうに愛おしそうに指輪をはめなおした。そんな結衣から目をそらした小春が。
「ちょっと…トイレ、行ってきますね」
逃げるように立ち上がった。そして結衣に背を向けた瞬間、小春の表情が…切なく歪んだのは。決して叶わぬ想いに…諦めきれずにしがみつく自分への怒りからだった。
この記事へのコメント
しかもゴットマザー光江さん出す新しいバーでのお話になるのかな? 次週が楽しみ。
読み応えのある連載が始まって嬉しいな〜、昨日の無駄に改行と読点が多い文章とは大違いw