気になる女性との通話中に聞こえた“あの音”。32歳男はガッカリしてしまい…

「えっと、実は…」

鮨店で華に勇気をもらった寿人はその勢いで先々週、結海にLINEを送っていた。

『寿人：また誘ったら、迷惑ですか？』

寿人の弱気なメッセージに、結海はすぐに返事をくれた。

『結海：迷惑なんかじゃないです。でも、私から、近いうちに誘いますので、待っててくれたらうれしいです』

だが、そのまま今日まで2週間も音沙汰がない。

「ふーん」

サブちゃんは、寿人が見ている結海とのLINE画面を覗き込んだ。そして、ラグビーで鍛えた腕で、突然スマホをがばっと奪う。

「え、ちょっと！？」

混乱している寿人は、スマホから小さく、電話の呼び出し音が聞こえることに気づいた。

「待ってよ、結海さんにかけてるの？返して！」

サブちゃんの握力はとんでもなく強く、寿人は、スマホを奪い返せない。

「やめてって。高校生みたいなノリ」

「お、出たよ」

「え？」

サブちゃんはにやりとして言い、寿人にスマホを押し付けた。

寿人は、スマホをあわてて耳に当てる。

電話の向こうで結海は、おどろいた様子で「ご無沙汰しています」と言った。

寿人は、バーの外に出ることにした。

「ご、ごめん。土曜の夕方に。忙しいよね」

バーがある地下1階から地上を見上げると、いつの間にか結構な雨が降っていた。

「いえ。今日は久々にバイトの子がシフトに入ってくれたので、パン屋の手伝いはないんです。寿人さんは、お外ですか？雨の音がする」

「いや、今バーで。友人と飲んでて」

「へえ。あの…どうしたんですか？電話をくださって」

― なんだか声が聞きたくなって…なんて言えたらいいのにな。

寿人の口から出たのは「特に用事はないんです。お元気かなって」という言葉だった。

「ええ、なんとか元気です。でも、最近は忙しくてキャンプに行けてなくって。そろそろ充電が必要です」

結海の笑顔が頭に浮かぶ。寿人は、途端にとても幸福な気持ちになり、そのことに自分で驚く。

「あの…」

「はい」

「結海さんは、こういう電話、迷惑じゃないですか？」

たどたどしく話す寿人に、結海はおっとりとした様子で言った。

「もちろん、うれしいです。あの…必ず、飲みにも誘わせてください。前も言ったけれど私…寿人さんにだけは、不誠実なことはしたくなくて。お待たせしてしまって、すみません」

― あ。

結海の「不誠実はしたくない」というのは、元カレに不誠実をしたくないという意味かと思っていたが、華の言ったとおり、弱気な勘違いに過ぎなかった。

結海は寿人に対して、誠実でいたいと言ってくれていたのだ。

― 最初から、ちゃんと話せばよかったな。

この恋には、まだ希望がある。強くなる雨音とは裏腹に、心がパッと晴れていく。

「あの、結海さん。前の彼は、あれですか。別れるのが大変なんですか。大丈夫ですか」

「…はい。うまくかわせなくて。私…」

そのとき電話口から、「ピンポン」というインターホンの音が聞こえた。結海は、ややあってから、「すみません、電話切りますね」と言う。

「…彼ですか？」

思わず尋ねると、結海は「ええ」とため息交じりに言い、何度も謝ってから電話を切ってしまった。

― 彼氏が訪ねてきても、出なきゃいいのに。

先ほどまで明るかった気持ちが、一気によどむ。なんだかんだで結海は、その彼と別れる気はないのではないか。そんな疑いの気持ちが頭をもたげる。

― もしかして、雑にキープされている状態？

思わず結海を疑い出した寿人は、頭を左右に大きく振って、自分を戒めた。

― こんなに卑屈になるなんて。結海さんのこと、疑いたくないのに…。

寿人は、サブちゃんのもとにすぐに戻る気分にはなれず、壁にもたれながら、雨の音に耳を澄ませた。