2025.02.10
1LDKの彼方 Vol.8明里は母たちとは違って、すごく対等だ。それでいてすごく繊細でもある。
一緒に暮らし始めてから、俺の部屋だったこの1LDKにはホコリ一つ落ちていない。脱ぎ捨てた洋服だって1枚もない。
それは、俺が少しでも気を抜いて散らかすと、すぐに明里に注意されるからだった。
今見ているNetflixを見終わったら捨てようと思っていたアイスのゴミ。
帰宅してまずはくつろぎたくて、一旦椅子の背にかけた上着。
週末に開けようと思っていたAmazonの箱も、猶予なく片付けて欲しいという無言のプレッシャーを感じる。
今の通り、ボロスニーカーのコレクションも快く思っていないことは前々からうっすら察していた。
明里との生活は、嘘みたいに幸せだ。
旅行から帰ったあとは気まずさも消えて、なんとなく遠ざかっていたベッドもまた共にするようになった。不満なんてあるわけがない。
ただ、たまに。本当にときどき、少しだけ息苦しさを感じる。
そのせいもあってだろうか?
「亮太郎はどうなの?新しくいい人はいないの?」
何回か家族から聞かれた質問は、面倒くさくて適当に受け流した。
明里の家とは違って、放任主義の我が家だ。わざわざ「彼女と同棲してる」と言う理由もない。
別に言ったっていいけれど、兄貴だって、奥さんと10年も付き合っていることは家族の誰にも黙っていたのだ。
兄貴が結婚したのは35歳の時。
俺もいつになるかわからないけれど、もしもいつか明里とそういうことになったら、その時に言えばいいだろう。
― でもまずは、明里に少しでも家族を紹介しておこうかな。
そんな気まぐれで俺はスマホを立ち上げ、家族と一緒に取った自撮りを、旅行先から明里に送ったのだった。
もしかしたらそれは、深層心理で明里と兄貴の奥さんを比較してしまった罪悪感もあったのかもしれない。
「ね、のんびり座ってないで、掃除機かけてかけて!」
「へーい」
思い出深いスニーカーを「捨てたい」と言われたことで少しへそを曲げていた俺だったが、自分でも単純だと思う。明里と一緒に部屋をピカピカにするとやっぱり気分が良く、掃除を終えた後にはすっかり爽快な気持ちになっていた。
「やっぱ部屋キレイになると気持ちいいな〜!もうここ、もともと俺の部屋だったとは思えないわ」
「亮太郎がひとり暮らししてた時は、かなりのカオスだったもんね」
ソファの隣に腰掛けてクスクスと笑う明里が可愛くて、俺はつい調子に乗って会話を膨らます。
「いやいや。あれでカオスとか言ってたら、俺の大学の時の部屋見たら卒倒しちゃうよ?」
「え〜、そんなに?」
「ほんとほんと。もう、学生時代は最悪だった。戻れるっていっても2度と戻りたくないね」
と、苦笑いを浮かべて軽口を叩いた、その時。ふと、明里の表情が変化していることに気がついた。
ほんの少しだけ硬く強張った表情を浮かべながら、明里はおずおずと言葉を続ける。
「それってやっぱり、あれだよね?あの…長かった元カノさんのことがあったから、だよね?」
またしても自分の単純さ、間抜けさに笑ってしまう。
そういえば、明里には言ったことがあったっけ。
学生時代から社会人になるまで、長く付き合った彼女がいたこと。
そしてその彼女が──同窓会の後、酒の勢いで俺の親友と一夜を共にしたことを。
「ああ、うん。…まあね」
「やっぱりまだ、引きずってる?」
「いや、全然。もうかなり前のことだし」
「本当に?」
「本当だってば」
嘘はなかった。現に今、うっかり変なことを口にするまではすっかり忘れていたくらいだ。
だから俺は、次に明里が尋ねた質問に「大丈夫」と言うしかなかった。
「…実は今度、大学のゼミの同窓会があるの。私が同窓会に行くのって、亮太郎は嫌じゃない?亮太郎が嫌だったら、欠席するけど」
明里の質問を笑い飛ばしながら、俺は頭の中に溢れ出てきた記憶の洪水を必死で抑えて堰き止める。
祖母や母や、兄貴の奥さんと同じ種類だった人の記憶を。
“NIKE Air Max 95”に大枚を叩くことを応援してくれた人の、苦い記憶を。
▶前回:彼氏と業務連絡のようなLINEばかり。付き合って1年でこれはヤバい?それとも…
▶1話目はこちら:恵比寿で彼と同棲を始めた29歳女。結婚へのカウントダウンと意気込んでいたら
▶Next:2月17日 月曜更新予定
結婚願望はまだまだ希薄な亮太郎。一方、同窓会に出席した明里は…
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