1LDKの彼方 Vol.7

彼氏と業務連絡のようなLINEばかり。付き合って1年でこれはヤバい?それとも…

ベッドの上で鬱々とそんなことを考えながら、何気なくスマホをいじる。

― なんでだろう。もしかしたら同棲してないほうが、こういう深刻な話ってしやすいのかもしれない…。

何の気なしに亮太郎とのLINEを開くと、そこにはまだ、2ヶ月前の同棲以前のメッセージのやりとりも残っている。

「おはよう」「おやすみ」といった日常の挨拶。

その日あったことや、相手に見せたい面白い光景の写真。

これから先ふたりで行きたい場所や、レストランのURL。

それになにより、日課になっていた通話の跡や、他愛もない雑談や冗談などが、ズラリと並んでいた。

対して同棲が始まってからのやりとりは、まるで業務連絡のような言葉ばかりだ。

『今から帰る』

『今日は遅くなります』

『ごはんいらない』

カラフルだった世界が、一転してモノクロになったみたいに味気なくなっている。

一緒に住んでいるのだから、LINEでするような恋人の話は、直接の会話でするようになったのだろう。

そう思いたいところだけれど実際には、単純に置き換わったような感覚ではない。

同棲して一緒に住んでいるからこそ、軽々しく話題にできないことが増えたのだ。

根深い悩み。相手への不満。

そういったトピックスを軽々しく話題に出したとして、たとえ気まずくなっても毎日の生活は続いていく。

気分を害したからといって、簡単に同棲を中断することなんてできない。

物理的に離れられない環境だからこそ、本音でぶつかることができない。

そんなジレンマに陥るなんて、一緒に暮らし始める前は考えてもみなかった。


そう考えると、亮太郎が旅行に出ているこの週末は、久しぶりにひとりで冷静になれる貴重な機会だった。

― もしかしたら、亮太郎もそうなのかな。私に言いたくても言えないこと、あるのかな…。

そういえば、亮太郎の過去のつらい恋愛について聞いたのも、同棲する前のことだった。

もしも私が、知らずのうちに亮太郎の地雷を踏んでしまっていたら…。

そう考えると、今私がやっているような臭いものに蓋をするようなまねはせず、真っ直ぐに向き合って全てを話し合いたいと思った。

― やっぱり…変な空気になったとしても、ちゃんと話そう。今すでに気まずいんだもん。

はっきりそう決意した私は、指先で弄っていたスマホを握り直し、亮太郎とのLINE画面に向き合った。

けれど、『帰ったら、話そう…』とそこまで文字を打ち込んだ、その時。

反対に亮太郎からLINEメッセージが届いた。

写真付きの、短いメッセージだった。


『旅行楽しいよ!でも、早く明里に会いたいな』

一緒に送られてきた写真には、旅館のテーブルでケーキを囲むご家族と、大きく自撮りに映り込んだ亮太郎の笑顔が映っている。

「…ふふっ」

久しぶりに送られてきた、業務連絡じゃないメッセージ。

それだけで、こんなにも心が温かくなる。

私は途中まで書いていたメッセージをすっかり消すと、もっと素直な気持ちを指先に込めて送信した。

『私も早く会いたい。亮太郎がいないと寂しいよ』

自分のメッセージを送ってしまってからも、私はうっとりと亮太郎からのLINEに見入った。

ソラにも似たこの笑顔を見ていると、思わずジンとしてしまう。

亮太郎には、私の気持ちをちゃんと伝えたい。だけど同時に、この無邪気な笑顔を困らせるようなことをしたくないのも、偽りのない想いだ。

嬉しいこと。悲しいこと。つらいこと。いろんな気持ちを亮太郎と分かち合っていきたいけれど、年下で純粋な亮太郎に、私の歪んだ感覚を背負わせるのはやっぱり違う気もする。

― 亮太郎とこのまま結婚まで行けたら、さすがに歌織に取られるようなこともないし…。

どうやら気まずい空気が霧散した今、私はついさっきまでとは打って変わって、歌織についての黒い感情を吐き出す気をすっかり無くしていた。

旅行中の亮太郎と、長々やりとりする気はない。

すっかり気分も晴れたことだし、せっかくの1人の日曜をどうすごそうか…と思った時だった。ベッドに放り出していたスマホが、再びLINEの通知で震えた。

「もう、いいのに〜」

まんざらでもない気持ちでもう一度スマホを手に取る。けれど、今度のLINEは亮太郎からのものではなかった。

メッセージの冒頭には、黒い隅付きカッコでタイトルが強調されていた。

【同窓会のお知らせ】

私はそのメッセージを見ながら、亮太郎のことを考える。亮太郎の“トラウマ”のことを。

せっかく仲直りしたばっかりなのに。これ…断ったほうが、いいのかな。


▶前回:「え、嘘だろ…?」同棲前に彼女の親に挨拶に行ったら、実家が金持ち過ぎて…

▶1話目はこちら:恵比寿で彼と同棲を始めた29歳女。結婚へのカウントダウンと意気込んでいたら

▶Next:2月10日 月曜更新予定
自分のトラウマを亮太郎に伝えられない明里。一方の亮太郎は

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この記事へのコメント

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No Name
親からもらったもの全部奪う歌織も相当だけど、両親の対応も酷いと思う。双子のように同じ物を買って与えるとか桁違いのお金持ちなら何とでも出来ただろうに。
2025/02/03 05:1713
No Name
明里はハイリーセンシティフパーソンなのかも。子供の頃からの辛い経験が関係しているのでしうね。妹、予想を上回る“横取り振り”に怒りを覚えました。歴代の彼氏全員奪った上で棄てたなら亮太郎も漏れなくターゲットになるから.…
2025/02/03 05:298返信1件
No Name
亮太郎はちゃんと明里の事を好きなのに、あまり上手く伝わってない時もあるよね。何も知らずに仲直りしたらとか呑気な事言う位だから。きちんと話せば分かってくれて歌織の事は切るだろうけど、明里には亮太郎よりももっと愛情深い男性の方が合ってるかもしれない。
2025/02/03 06:107返信1件
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