運命なんて、今さら Vol.4

「これって脈なし?」初デートの後、彼女から1週間連絡がない。いい雰囲気だったのにナゼ…

「実家が経営難?そんなの、もっと早く相談してよ」

3年前の、ある夜のお風呂上がり。

結海は、研哉の住む六本木のマンションで涙を浮かべながら、実家の経営状態を打ち明けた。

すると研哉は、結海を抱き寄せて「俺にまかせて」と言った。

研哉は翌週にはデザイナーを雇い、素晴らしい図面とCGパースを用意。早々に、結海の両親に提案を始めた。

無事に改装が終わると、オープン初日には、20人ものインフルエンサーを呼んで人気に火をつけてくれた。

「恋人価格だからね」

研哉はそう言い、デザイン費や工事費などの実費以外は、請求しなかった。

― 本当、ありがたいことだった。

その感謝によって、結海が萎縮したのが先か。

それとも、研哉が、結海を下に見るようになったのが先か。

いずれにせよ、以降、明確な上下関係が出来上がっていった。

まず、「お前」やら、「〇〇しろよ」やら、言葉が乱暴になった。

そして言葉は、関係性をつくる。

研哉は日に日に横柄になり、結海は、彼といるとどこか緊張するようになったのだった。


神楽坂駅から電車に乗った結海は、用賀のマンションにようやく帰宅した。

キッチンに立つと、「K」と書かれた紺色のマグカップが、どうしても目に入る。

― 決めた。研哉の荷物は全部、家に送る。

結海は、とっておいた大きめの段ボールを引っ張り出すと、食器や衣類など、目についた彼の所持品をどんどん詰め込んでいった。

そうしながらも結海はつい、学生時代を思い返してしまう。



研哉は上智大学時代、広告研究会に所属していて、垢抜けた雰囲気を放っていた。

いつも輪の中心にいてにぎやかな彼は、大人しかった結海からすれば、近寄りがたい存在だった。

だから、同じ学科の同級生としてたまに会話をすることはあっても、深い仲になるなんて夢にも思っていなかった。

― なのに、あの日、キャンパスのカフェテリアで…。

間柄が大きく変わったのは、4年の秋。

暑さも和らいだ9月の終わり頃、カフェテリアで、ぼうっとした表情の研哉と目が合った。

彼は、虚ろな目をしていて、同期では珍しく“まだ”リクルートスーツに身を包んでいた。


「あ…研哉くん、お疲れさま」

「ああ。結海ちゃん」

結海は、彼の就職活動の進捗を、噂で聞いていた。熱望していた大手広告代理店2社に入れず、他に受けた広告系の企業も全滅。

期待値が高かった分、みんながその“惨状”をひそかに話題にしていた。

研哉の目の前には、冷めた様子のコンビニのナポリタンが、手つかずのまま置かれている。

「大丈夫?」。そう声をかけようと思ったが、同情しているようには思われたくない。

そこで結海は、無難にこう聞いた。

「遅めのランチ?」

「…うん。でも、いろいろ考えてたら、食欲なくなっちゃって」

「そっか」

思えば研哉は、この数ヶ月でずいぶんほっそりしたように見えた。結海は、どんな言葉を返したらいいのか見当もつかず、しばらく黙り込む。

「はは、結海ちゃん。そんな顔しないで。笑い飛ばしてくれたらいいんだよ」

― そんなこと…。

結海は黙ったまま、作り笑顔を浮かべる研哉の向かいに腰を下ろす。そしてカバンから、白い紙袋を取り出した。

「…甘いもの好き?」

「うん。あ!そのお店知ってる…おいしいよな」

結海が彼に見せたのは、まだあたたかいチョコレートワッフルだ。講義の合間に食べようと、近くの専門店で買ったばかりだった。

「これ、そのナポリタンと交換しようよ」

「え?でもそのワッフル高いから申し訳ないよ。だし、ナポリタン…もうのびてるし」

「私、のびてるパスタ、好きよ」

「なにそれ」

真顔で言った研哉を差し置いて、結海は、ワッフルを彼に渡した。

すると彼も、ナポリタンを差し出す。若干の気まずさを胸に、2人してしばし、黙々と口を動かした。

この記事へのコメント

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No Name
一日中立ちっぱなしで接客をした後にレジ締めして更に両親の肩もみまでしたのでもうヘトヘトだ。
はいはいご苦労さんね。どうも結海は苦手だな。彼女のキャラが話をより退屈にさせてる。客足がみるみる減って潰れかけてたパン屋。味の改良等はせずリノベしたら若い層に話題のお店になった?ならようござんした。利益は今も過去最高を更新し続けてるなら、週末もバイトさん雇えばいいんじゃない?
2025/01/29 06:3820返信2件
No Name
メッセージ送ったあと、お前!とか 〜〜しろよが口癖の研哉がどんな反応したのかまでを読みたかった。 寿人の妹が中トロの握りをそっと口に入れたとかどうでもいい事は来週でいいのに。 寿人が実の妹に恋愛相談するキャラとは予想外。
2025/01/29 05:5119
No Name
え?研哉との事を懐かしく思い出しながら彼の私物を発送しただけの話。結海サイドが長々と...寿人サイドは数行のみ? 😂
2025/01/29 05:1417返信3件
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