2025.01.06
1LDKの彼方 Vol.3◆
亮太郎の部屋に引っ越してきた当日からそうだった。
ふたりきりの質素なクリスマスパーティーに、どこか噛み合わない会話。
初日は見逃していたその小さな違和感がくっきりと浮き彫りになったのは、翌日の朝のことだ。
大手広告代理店でクリエイティブ職を務める亮太郎の朝は、私ほどは早くない。
引っ越しの翌日の月曜日。
朝の8時半を過ぎた頃、早速私がリビングの片隅でルーティンであるメールのチェックと返信をしていると、やっとのそのそと寝室から起きてきた亮太郎が言う。
「明里、おはよ。引っ越し翌日からしっかり仕事して偉いね」
「おはよう、亮太郎」
亮太郎は寝ぼけ眼のまま、ソファに座った私を背後からぎゅっと抱きしめる。
まるで大型犬がじゃれついてくるようで私は思わず、実家で唯一好きだった家族、ゴールデンレトリバーのソラのことを思い出した。
「ちょっと亮太郎〜」
朝日が差し込むリビングに私たちのクスクスという笑い声が響く。
けれど、次の瞬間。
軽いキスと共に亮太郎が言った言葉に、私ははっきりとした疑問を覚えたのだ。
「で、今日の朝ごはんは何かな〜?」
「え?」
「ん?朝ごはん、明里食べたでしょ?俺のは?簡単なので大丈夫だよ」
理解するのに、しばらく時間がかかった。
どうやら亮太郎は、先に起きている私が、2人分の朝食を準備するものと思っていたらしい。
そのことにようやく気づいた私は、疑う余地もない亮太郎の様子を前に、慌てて返事をする。
「あ…あ、ごめん!知ってると思うけど、私朝は食べないことも多いから。何も考えてなかったよ」
すると亮太郎は、別に気分を害した様子もなく、ニコニコと答える。
「そかそか、そうだよね!てか、引っ越してきたばかりだもんね!大丈夫。昨日の夜のチキンの残りとかあるし、テキトーに食うからさ」
「うん、なんかごめんね」
あまりに自然な亮太郎の言い方に、意思には反して反射的に謝罪の言葉がでてしまう。
そんな私に向かって亮太郎は、仕事の邪魔をしないよう気遣ってのことか、「がんばって」と口パクでリアクションしながらキッチンに向かう。
そして、自分の分ついでに私にも熱いコーヒーを淹れてくれて、それから会社へと向かっていったのだった。
お互い別々の家に住んで、お泊まりをしていた時には、こんなことは一度もなかったのに。
朝食は基本的には、デート中に『トリュフベーカリー』なんかに一緒に行って買ったパンを朝食にしたり、『ベーカリー&レストラン 沢村』などのカフェにモーニングをしに行くことが多かったのだ。
― あれ?昨日のことといい…これってもしかして、当たり前に私が料理担当ってことになってる?
その予感は当たった。
一緒に暮らし始めてからこの2週間、亮太郎はいつもウキウキした様子で私の手料理を楽しみに帰ってくる。
けれど、亮太郎がそう思い込んでしまうことに、心当たりがなかったわけではない。
― これまで、散々言ってきちゃったもんなぁ。
多忙な時期の亮太郎は、仕事の終わり時間がなかなか読めない。
そのせいでレストランデートは待ちぼうけをくらうこともあったため、これまでに何度も伝えてきたのだ。
「亮太郎の部屋にいてもいい?ご飯作って待ってるから。私がそうしたいの」
と…。
料理は好きだし、私の手料理を美味しいと言ってくれるのはすごく嬉しい。
だけど、朝食も夕食も当たり前のように私の担当になっている現状には、少し違和感がある。
「せっかくの明里の手料理だもん。ちゃんとしたテーブルで食べなきゃもったいない」
そう言いながら先週の日曜日は、ふたりで目黒通りの家具店を何軒も回って、ダイニングテーブルを購入した。
そのダイニングテーブルを、「少し遅れたけど、明里へのクリスマスプレゼント」とされたときも、嬉しさと同時にモヤモヤとした気持ちが湧いてきたことに、亮太郎はきっとまだ気づいていないだろう。
ケンカにならない伝え方をすればいいのでは?
亮太郎はそんなすぐに怒るようには思えないんだけど。
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