2024.12.30
1LDKの彼方 Vol.22つもシングルベッドを並べた6畳の寝室は、もうほとんど部屋中がベッドになったみたいだった。
明治通りに向いたベランダの窓は俺たちの熱気で結露していて、ときおり雫がつーっと、涙みたいに窓を伝っていた。
「ね、今日はクリスマスだよ。夜はどうする?何食べる?」
雫を見つめながら、ふわふわとした幸せに浸っていると、明里が健気に尋ねた。
いくら料理好きな明里でも、引っ越しで忙しかったこんな日に、凝った手料理を振る舞ってもらうわけにはいかない。
これまで明里を悲しませてきてしまった過去を振り返っていた俺は、明里の頭を優しく撫でる。
これからは、明里とずっと一緒なんだ。
今日くらいは何も考えずにのんびり過ごして欲しくて、俺はあることを提案した。
「近くのスーパーでなんか買う?この近くだとライフか、アトレ恵比寿のザ・ガーデンがどっちも徒歩10分くらいだよ。どっち行こっか」
レストランを予約することも考えたけど、年末の引っ越しなんて、何時に終わるかわかったものではない。
万が一キャンセルすることになったら、せっかく一緒に暮らし始めたばかりだというのに、今までと同じだ。明里を悲しませてしまうことだけは避けたかった。
なにより、今日はクリスマスだ。おまけに休日。街はどこも人でごった返しているし、疲れた状態で混雑した場所に行くのも明里を疲れさせてしまうだろう。
― もう、明里に悲しい想いはさせない。明里をいつでも笑顔にしたくて一緒に暮らし始めたんだから。
だからこそ今日はこの部屋で、ふたりの門出を祝うのが正解だと思った。家でのんびり、明里を休ませてあげたかった。
どうやら明里も同じ考えだったようで、「ライフ行こ、ライフ!」とはしゃいで身支度に乗り出す。
― 明里といると、本当にホッとするなぁ…。
こんなふうに息がぴったり合う子なんて、そうそう出会えるものじゃない。
ニコニコと笑顔で手を繋いでくる明里にもう一度キスをしながら俺は、過去の辛い恋のトラウマが癒やされていくのをしみじみと感じた。
スーパーから帰る道すがら、俺はとんでもないことに気がついた。
普段何げなく通っている道も、こうして明里と手を繋ぎながらだと、全く違って見える。日常の世界が明るく輝いて見える。どっさりと買い込んだ総菜の袋も、全然重くない。
その場で「大好きだ!」と明里にむかって叫び出したいような気分だったけど、どうにかぐっと堪えて帰宅した俺は、浮かれた気持ちで先立ってドアを開けた。
「明里、おかえり」
「えへへ…ただいまっ」
寒さで少し鼻が赤くなった明里がとてつもなく愛おしくて、俺は思わず玄関先で明里をぎゅっと抱きしめた。
コーヒーテーブルに並べて食べたスーパーの総菜やケーキは、これまでに渡り歩いたどんなレストランのものよりも美味しくて、猥雑に混雑した街で背伸びしているどんなカップルよりも、俺たちの方が幸せだという優越感が胸を満たした。
幸福の絶頂の中で唯一ひっかかった出来事は、食事を終えたあとのことだ。
「亮太郎。改めて、これからよろしくね。メリークリスマス」
そう言って、明里がクリスマスプレゼントを差し出したのだ。
― しまった。デートプランを練らなくていいと思ったら、プレゼントのことミスってた…!
「うわぁ、ありがとう…」
決して忘れていたわけじゃない。
これまでは、イベントや記念日は絶対に2人で会うべき貴重な機会だったから、デートも張り切っていたし、プレゼントも当日渡すようにしていた。
けれど、これからは毎日会えるのだ。頑なに日付を守らなくったって、何か欲しいものが見つかったタイミングでプレゼントしたり、事前にのんびり一緒に選びに行ってもいいと思っていただけ。
― それにしても、せめて今日までには買いに行くべきだったな。
俺と違って明里は、こういったことには生真面目なタイプなことは知っていたはずなのに…。
決まりの悪さを覚えながら、俺は鮮やかなグリーンの包みを開ける。
明里がくれたのは、ボッテガのキーケースだ。そういえばずっと前に、今使っているバレンシアガのものが古くなってきているとボヤいたことがある気がする。
すごく嬉しかったけど、俺はまた、言いようのない心苦しさを感じた。
俺が仕事で忙しいから、明里に1人で色々と考えさせてしまっていたんだとしたら申し訳ない。
「ごめん、明里…。俺、準備間に合わなくて。もう一緒に暮らすんだから、こんなふうに頑張らなくて良いのに」
なんでも言える関係になりたい。
ひとりで頑張るのではなく、ふたりで肩肘張らずに過ごせる仲でいたい。
体だけでなく、心もすぐそばに感じられる距離でいたい。
そんな想いを込めて、俺は明里に伝える。
「いいの、いいの!」
そう両手を振る明里がちょっと複雑な顔をしているように見えたのは、環境が変わったことによる緊張みたいなもの。
──その時は、そんなふうに単純に考えてしまっていた。
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亮太郎の“理想の同棲生活”は、明里とは少し違い…。明里が募らせる不満
僕は君の全てなど知ってはいないだろう それでも一億人から君を見つけたよ 根拠はないけど本気で思ってるんだ
些細な言い合いもなくて 同じ時間を生きてなどいけない 素直になれないなら喜びも悲しみも虚しいだけ (←ここは明星)
粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら 二人の孤独を分け合うこと...続きを見るができたのかい
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