2024.12.30
1LDKの彼方 Vol.2◆
明里がこの部屋に来たのは、クリスマスの日のことだ。
東京には珍しくチラチラと粉雪が降っていて、明里が引っ越してくる日だというのに不謹慎にも俺は、「積もらないかな」なんてワクワクしていたことを覚えている。
結局積もるような雪ではなく、明里も引っ越しのトラックも時間通りに到着した。
殺風景な俺の部屋にどんどんと運び込まれてくる大量の洋服や靴を見て、ついに本当に明里と一緒の生活が始まることを実感したっけ。
明里の荷物のなかで一番大きかったのは、シングルベッドくらいのものだった。
このベッドがあったからどうしても引っ越し業者を利用しなくてはいけなくて、秋には提案していた同棲だったのに、引っ越しの日がクリスマスにまで延びてしまったのだ。
「身ひとつで来ても良かったのに」
そう明里の前で拗ねてしまったのは、引っ越しが意外と遅くなったことへの抗議でもある。
けど、とくに不満だったのは…ベッドがあんまり広くなったら明里とくっついて寝られないんじゃないかって、少し心配になったからだ。
これまでもどちらかの家に泊まることは度々あったけど、狭いシングルベッドで明里とギュウギュウになって寝るのが、俺はすごく好きだったから。
結局、引っ越しが済むなりくっつけたベッドですぐに明里を抱きしめて、そんな心配は杞憂に終わったわけだけど。
明里と何度もキスをしながら俺は、ガラにもなく感動的な気持ちになって、これまでの明里との時間と、これから始まるふたりの生活とに想いを馳せた。
出会いは、なんてことはない食事会だ。
会社の同期で営業を務める瑛介が、俺の“とある過去”を心配してくれて女の子を集めてくれた会。
そこで明里を一目見た瞬間、「もう恋愛はしない」と心に固く決めていた俺の決意が、一瞬で吹っ飛んだのだ。
「私なんて、亮太郎君よりも2歳も年上だし…」
そう遠慮する明里を、とにかくかわいい、かわいい、と押しまくって、ようやく付き合ってもらってから11ヶ月。
今はその明里が、俺の部屋のなかで、俺の腕のなかで、はにかむように微笑んでいる。
この奇跡みたいな幸せが、気を抜いたら逃げてしまうんじゃないかと怖くなって、俺は一層強く明里をぎゅっと抱きしめた。
この頃の俺は、27歳。
新卒で営業として入社した大手広告代理店で、4年の大阪勤務を経て、本社のクリエイティブ部門に配属になった。
一人暮らしの部屋にこの渋谷と恵比寿の間の1LDKを選んだのは、43平米と広めだったことと、大学時代にバイトしていた大好きなライブハウスLIQUIDROOMに近かったから…という単純な理由だ。
念願のクリエイティブ職に転向できたばっかりということもあり、仕事はとにかく楽しく、そして多忙を極めた。
友達と立ち上げたベンチャーで在宅も多い明里には、ずいぶん寂しい想いをさせてしまっていたと思う。
デートの約束の時間に仕事が終わらず、レストランで待たせてしまったことは数知れず。CMの撮影時期には、タレントさんの都合で予定が振り回されることも多い。深夜のロケや急な出張も多くて、ドタキャンだってザラだ。
待ちぼうけを食らわせてしまったり、楽しみにしていたレストランを泣く泣くキャンセルしなきゃいけないときには、明里に申し訳なくて、情けなくて仕方なかった。
もちろん、日頃迷惑をかけてしまう分、温泉やらディズニーやらリッツやら色んなサプライズは都度張り切ってきた。
けど、そんなものは所詮、罪滅ぼしの間に合わせにすぎない。
「こんな豪華なことしてくれなくていいから、ただ亮太郎と一緒にいたい」
「亮太郎の部屋にいてもいい?ゴハン作って待ってるから。私がそうしたいの」
豪華なデートに連れ出すたびに、そう言っていじらしく微笑んでくれる明里を見るのは、耐えきれないほど切ない。
だからこそ、日曜のデートの帰りに「帰りたくない」とメソメソする明里を慰めたくて、ほとんど勢いで持ちかけた同棲だったけど…。
― こんなに幸せを感じられるなら、もっと早くから提案すればよかった。
心からそう思って後悔さえしていた俺は、なんて幼稚で能天気だったんだろう。
僕は君の全てなど知ってはいないだろう それでも一億人から君を見つけたよ 根拠はないけど本気で思ってるんだ
些細な言い合いもなくて 同じ時間を生きてなどいけない 素直になれないなら喜びも悲しみも虚しいだけ (←ここは明星)
粉雪 ねえ 心まで白く染められたなら 二人の孤独を分け合うこと...続きを見るができたのかい
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