時の流れは可視化できない。
だが、できるとしたらそれは熟成をさせたお酒かもしれない。
それはときにタイムカプセルを開くように、年月を重ねたゆえの記憶と香りを、時代を超えて届けてくれるものだ。
ここにもその箱を開くべく、ウイスキーと向き合う2人がいる。
これはウイスキーをきっかけに、男女がゆっくりと心を通わせ、お互いの内面に触れていくストーリー。
大手広告代理店に勤務する慶介(31)が、女性の先輩に誘われて…
「仕事はそつなくこなせるようになったものの…」30代の男性が抱える焦燥感
十年ひと昔というが、時間が経つのは早いものだ。広告代理店で働きだして、来年で10年。なにか成し遂げた気もすれば、ただ日々に追われていただけという気もする。
仕事はそつなくこなせるようになったものの、どこか満たされない気持ちになるのは、これと言って打ち込める趣味をもっていないからかもしれない。
そんな自分と比べると、先輩社員・梨沙さんから感じるのは、圧倒的な充足感だ。そんな心を見透かしたように、残業終わりにかけてもらった言葉は福音に思えた。
「銀座で、ちょっと飲まない…?アイリッシュウイスキーの期間限定のバーがあるのだけど」
ハイボールしか飲まない自分だが、その誘いに惹かれたのは、アイリッシュウイスキーという言葉に新鮮な響きを感じたからかもしれない。先輩と連れだって歩く銀座の中央通りは、いつもとは違う高揚感があった。
到着したのは、「BUSHMILLS CASK DISCOVERY BAR」と書かれた、白い邸宅のような面持ちの建物だ。
「ウイスキーを好きになって、いろいろ飲んでみたのだけど、今気になるのが、アイリッシュウイスキー。スムースでやわらかい飲み口が人気みたいなんだよね」
ウイスキー業界でいまその魅力が見直されているアイリッシュウイスキー。その中でも注目されているのが、世界最古の認可蒸溜所として長い歴史を持つブッシュミルズ。この期間限定のバーは、その世界観を見て、味わって体験できるらしい。
仕事では見られない、先輩の楽しそうな表情に胸が高鳴る
ブッシュミルズの特徴は、アイルランド伝統の3回蒸溜がされていること、そして、個性を生む様々な樽が使われていることだ。
特にシングルモルトは、バーボン樽、シェリー樽、マルサラワイン樽、ポートワイン樽などといった様々な樽を使い分けて、個性的なシングルモルトウイスキーを作り出している。
店内には、樽を使ったパネル展示がされ、それぞれのウイスキーから感じる香り・味わいがイラスト化されている。
「樽ごとに香りが違うんだって。面白いよね」と先輩の顔がほころぶ。仕事では見ることができない、楽しそうな笑顔だった。
先輩が興味を示していた16年のシングルモルトはポートワイン樽でフィニッシュしているらしく、ポートワインの香りがする。また、力強いハチミツのような香りも後から続く。
実際にアイルランドから運ばれた500Lのパンチョン樽もあり、開栓することによって、香りも楽しめるようになっている。さながら樽の展示館のようだ。