2024.11.18
恋のジレンマ Vol.13哲道からの連絡を読んだあと、夜もまだ浅い時刻に、中尾からもLINEが届いた。
『中尾:プレゼントを渡したんですけど、あんまり喜んでいるように見えなかったんです。やっぱり、いきなり過ぎましたかね』
女性の反応は、由紀恵が予想した通りのものだったようだ。
『由紀恵:実際に会ってみてどうでした?楽しかったですか?』
『中尾:う~ん…。楽しくなくはなかった…というのが正直なところかも』
中尾の感想は芳しくない。
由紀恵にとっても望んでいた結果ではなかったが、どこか安堵するような感覚があった。
『中尾:由紀恵さんは、次に男性と会う日は決まっているんですか?』
予定を尋ねられ、由紀恵はある事実を伝える。
『由紀恵:実は、さっき元カレから連絡があって…』
哲道からの連絡の内容は、明言はしなかったものの復縁を匂わせるものだった。
中尾には、『会って話したい』と言われたことを伝えた。
別れてすぐであれば、素直に喜んでいたに違いない。
しかし、1ヶ月ほど経った現在は気持ちが落ち着き、状況を俯瞰できている。
哲道とヨリを戻したとしても、また同じような道をたどり、同じような結末を迎えるであろうことは想像に容易い。
せっかく吹っ切れて前進し始めたところだから、足枷のない状態で進み続けたいという思いが強かった。
『中尾:彼と会うんですか?』
『由紀恵:どうしようかと悩んでいるところです』
『中尾:彼と会う前に、僕と会ってもらえませんか?』
思いがけない提案だ。物腰の柔らかい中尾らしからぬ、強引な誘い方だった。
由紀恵は申し出を受け入れ、明日、中尾と会うことにした。
◆
翌日。
仕事終わり、由紀恵は待ち合わせ場所となっている渋谷に向かう。
中尾と会い、会話をしながら少し歩き、手ごろな洋食屋を見つけて店内に入る。
パエリアが売りの店らしく、白ワインとともに注文をした。
「あれ?お酒飲まれるんですか?」
中尾が驚いた表情を見せる。
「はい。最近飲めるようになって」
中尾は感心したように頷くと、同じものを注文した。
食事を進めながら、ワインの飲めるようになった過程などを含め、これまでの異性との交流報告をおこなった。
いわば、同盟会議。味方の存在は心強く、異性への苦手意識を改善しようという意欲につながる。
和やかに会話を続けていると、やがて中尾が居心地悪そうに体を動かし、かしこまった様子で切り出した。
「由紀恵さん、元カレと…会うんですか?」
唐突に質問を受け、由紀恵は答えに戸惑う。
「会わないで…もらえませんか?」
声は小さく弱々しいが、重たい前髪の下から覗く瞳が、中尾の思いを強く訴えていた。
「どうして…ですか?」
「昨日、由紀恵さんが元カレに会うと聞いて、なんとなくイヤな気分になったというか…。会って欲しくないなって思ったんです」
中尾の言葉を聞きながら、由紀恵もまた同じ感情を抱いていたことを思い出す。
「正直言うと、僕は、由紀恵さんのことがとても気になっています」
中尾は覚悟を決めたように、真っすぐに由紀恵を見つめた。
「私もです」
由紀恵も、自分の気持ちを打ち明ける。
「私も、中尾さんがほかの女性と会っていると思うと、なんだか胸の奥がモヤモヤしてしまって…」
ぼんやりと抱いていた感情は、言葉にしたことで明確な形を成す。中尾への思いが、由紀恵の胸に焼きつく。
「だから、彼には会いません」
「本当…ですか?」
由紀恵が頷くと、中尾は安心したようにフゥと息を吐いた。
そこからの会話は、互いの関係について方向性を示すようなもの…ではなく、雑談とさして変わらない他愛ないものだった。
結束を深めた同盟相手と、いっそう和やかな会談を続ける。
ただ、これが恋の始まりであることは、互いに恋愛に不慣れながらも心のどこかで察していた。
すると、中尾が思い出したように言った。
「僕、わかったんです。なんで由紀恵さんが、『前髪同盟』なんていうちょっと変わった名前をつけたのか」
中尾はスマートフォンを取り出して、由紀恵のほうに向けて差し出した。
由紀恵のInstagramのアカウントが開かれていた。
数年前に訪れた、ロンドンで撮った景色が映し出されている。
「由紀恵さん。シャーロック・ホームズが好きなんでしょう?これって、ホームズの住んでいるとされるベーカー街での写真ですよね?それに、部屋の写真に、ホームズの小説が写っていたものがあったので…」
中尾はまだ確信が持てていないのか、由紀恵の顔色を窺う。
「調べたら、シャーロック・ホームズの作品に『赤毛連盟』っていう短編小説がありました。そこから名前をとったのでは?」
由紀恵はしばしの沈黙ののち、「その通り」と認めた。
「やっぱり!」
ホームズに勝るとも劣らない名推理を働かせたとばかりに、中尾は得意げな表情を見せる。
「でも、中尾さん…」
由紀恵は少し前に身を乗り出し、中尾に顔を近付け、小声で囁いた。
「ちょっとキモいですよ」
以前に言いそびれた言葉を、今度はハッキリと伝えることができた。
中尾は一瞬ポカンと口を開けたが、すぐに納得したのか気まずそうに笑みを浮かべた。
意思の疎通がスムーズであり、すでに心が通い合っていることに2人は気づく。
もう、ほかの異性の存在など意識する必要のない、居心地のいい時間が続いた。
Fin.
▶前回:小学校から私立女子校に通っていたせいで“恋愛弱者”に…。27歳女性の深刻な悩み
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