恋のジレンマ Vol.13

アプリで出会った女性と初デート。女が困惑した、男が渡した妙なプレゼントとは

哲道からの連絡を読んだあと、夜もまだ浅い時刻に、中尾からもLINEが届いた。

『中尾:プレゼントを渡したんですけど、あんまり喜んでいるように見えなかったんです。やっぱり、いきなり過ぎましたかね』

女性の反応は、由紀恵が予想した通りのものだったようだ。

『由紀恵:実際に会ってみてどうでした?楽しかったですか?』

『中尾:う~ん…。楽しくなくはなかった…というのが正直なところかも』

中尾の感想は芳しくない。

由紀恵にとっても望んでいた結果ではなかったが、どこか安堵するような感覚があった。

『中尾:由紀恵さんは、次に男性と会う日は決まっているんですか?』

予定を尋ねられ、由紀恵はある事実を伝える。

『由紀恵:実は、さっき元カレから連絡があって…』

哲道からの連絡の内容は、明言はしなかったものの復縁を匂わせるものだった。

中尾には、『会って話したい』と言われたことを伝えた。

別れてすぐであれば、素直に喜んでいたに違いない。

しかし、1ヶ月ほど経った現在は気持ちが落ち着き、状況を俯瞰できている。

哲道とヨリを戻したとしても、また同じような道をたどり、同じような結末を迎えるであろうことは想像に容易い。

せっかく吹っ切れて前進し始めたところだから、足枷のない状態で進み続けたいという思いが強かった。

『中尾:彼と会うんですか?』

『由紀恵:どうしようかと悩んでいるところです』

『中尾:彼と会う前に、僕と会ってもらえませんか?』

思いがけない提案だ。物腰の柔らかい中尾らしからぬ、強引な誘い方だった。

由紀恵は申し出を受け入れ、明日、中尾と会うことにした。



翌日。

仕事終わり、由紀恵は待ち合わせ場所となっている渋谷に向かう。

中尾と会い、会話をしながら少し歩き、手ごろな洋食屋を見つけて店内に入る。

パエリアが売りの店らしく、白ワインとともに注文をした。

「あれ?お酒飲まれるんですか?」

中尾が驚いた表情を見せる。

「はい。最近飲めるようになって」

中尾は感心したように頷くと、同じものを注文した。

食事を進めながら、ワインの飲めるようになった過程などを含め、これまでの異性との交流報告をおこなった。


いわば、同盟会議。味方の存在は心強く、異性への苦手意識を改善しようという意欲につながる。

和やかに会話を続けていると、やがて中尾が居心地悪そうに体を動かし、かしこまった様子で切り出した。

「由紀恵さん、元カレと…会うんですか?」

唐突に質問を受け、由紀恵は答えに戸惑う。

「会わないで…もらえませんか?」

声は小さく弱々しいが、重たい前髪の下から覗く瞳が、中尾の思いを強く訴えていた。

「どうして…ですか?」

「昨日、由紀恵さんが元カレに会うと聞いて、なんとなくイヤな気分になったというか…。会って欲しくないなって思ったんです」

中尾の言葉を聞きながら、由紀恵もまた同じ感情を抱いていたことを思い出す。

「正直言うと、僕は、由紀恵さんのことがとても気になっています」

中尾は覚悟を決めたように、真っすぐに由紀恵を見つめた。

「私もです」

由紀恵も、自分の気持ちを打ち明ける。

「私も、中尾さんがほかの女性と会っていると思うと、なんだか胸の奥がモヤモヤしてしまって…」

ぼんやりと抱いていた感情は、言葉にしたことで明確な形を成す。中尾への思いが、由紀恵の胸に焼きつく。

「だから、彼には会いません」

「本当…ですか?」

由紀恵が頷くと、中尾は安心したようにフゥと息を吐いた。

そこからの会話は、互いの関係について方向性を示すようなもの…ではなく、雑談とさして変わらない他愛ないものだった。

結束を深めた同盟相手と、いっそう和やかな会談を続ける。

ただ、これが恋の始まりであることは、互いに恋愛に不慣れながらも心のどこかで察していた。

すると、中尾が思い出したように言った。

「僕、わかったんです。なんで由紀恵さんが、『前髪同盟』なんていうちょっと変わった名前をつけたのか」

中尾はスマートフォンを取り出して、由紀恵のほうに向けて差し出した。

由紀恵のInstagramのアカウントが開かれていた。


数年前に訪れた、ロンドンで撮った景色が映し出されている。

「由紀恵さん。シャーロック・ホームズが好きなんでしょう?これって、ホームズの住んでいるとされるベーカー街での写真ですよね?それに、部屋の写真に、ホームズの小説が写っていたものがあったので…」

中尾はまだ確信が持てていないのか、由紀恵の顔色を窺う。

「調べたら、シャーロック・ホームズの作品に『赤毛連盟』っていう短編小説がありました。そこから名前をとったのでは?」

由紀恵はしばしの沈黙ののち、「その通り」と認めた。

「やっぱり!」

ホームズに勝るとも劣らない名推理を働かせたとばかりに、中尾は得意げな表情を見せる。

「でも、中尾さん…」

由紀恵は少し前に身を乗り出し、中尾に顔を近付け、小声で囁いた。

「ちょっとキモいですよ」

以前に言いそびれた言葉を、今度はハッキリと伝えることができた。

中尾は一瞬ポカンと口を開けたが、すぐに納得したのか気まずそうに笑みを浮かべた。

意思の疎通がスムーズであり、すでに心が通い合っていることに2人は気づく。

もう、ほかの異性の存在など意識する必要のない、居心地のいい時間が続いた。

Fin.


▶前回:小学校から私立女子校に通っていたせいで“恋愛弱者”に…。27歳女性の深刻な悩み

▶1話目はこちら:職場恋愛に消極的な27歳女。実は“あるコト”の発覚を恐れていて…

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この記事へのコメント

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No Name
インスタはお互いフォローし始めたなら過去の投稿見られる事も了承してると思うんだけど、違うのかな。個人情報探られたとか不快に思ったりキモいとさえ感じるならアカウント教えなければいい。 実際、過去の写真からどんなレストランが好きかとか趣味とか....事前情報として知っておく方が会話が弾む場合もあるから由紀恵の言い分がなんだか意味不明。
2024/11/18 05:3816返信3件
No Name
先週、元彼からこっぴどくフラれてたような。最後はその黙って睨む目つき怖いんだよ位言われてたのに、そんなすぐ復縁迫るように会いたいとか連絡くる? もし元彼を出してくるなら、1ページ目進藤が酒弱いだの呂律回らない云々ダラダラと書く必要無かったように感じた。後々進藤が出てくるのかと思えば何の関係もなかったから🤣 この連載本当にハズレだったと思う。。いいなと思える話一つも無かったし主人公も全員変で癖強いとか嫌悪感しか抱けなかった。
2024/11/18 06:3613返信1件
No Name
赤毛連盟 と 前髪同盟
あまりにも無理が有る!
2024/11/18 05:1912
もっと見る ( 18 件 )

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