2024.11.04
恋のジレンマ Vol.10女性は、母親の華道教室に長く通っている生徒だった。
「響子さん。ご無沙汰しています」
響子とは何度も顔を合わせてはいたが、彩花が社会人になり家を出てからは、その機会がなくなっていた。
「彩花さん。今日は佑美先生のお花をご覧になりに?」
響子はそう尋ねながら、彩花の隣にいる橋村にも穏やかな視線を投げかける。
橋村も一礼を返した。
すると、響子が思いがけないことを言った。
「でも、残念ね。佑美先生、いなくなってしまうなんて…」
「ええ?いなくなる?」
― もしかして家を出て行くってこと?
離婚との関連が疑われたが、状況は異なるようだった。
「佑美先生、海外に行くのよね?」
「海外…ですか?」
母親は在宅仕事でいつも家にいる。そのイメージだったので、海外と聞いても彩花はピンとこなかった。
「ええ。教室は、涼花さんが引き継いでいくと仰っていましたよ」
― 涼花が継ぐ?知らなかった…。
妹の涼花もまた、彩花と同様に幼いころから華道教室に通っていた。
途中で断念した彩花とは違い、華道から離れることなく母親のもとで研鑽を積み、師範の免状を取得している。
― 涼花に話を聞いてみないと…。
把握していない事情が多く、自分だけが蚊帳の外にいるようで、もどかしさをおぼえた。
◆
涼花の仕事終わりに合流し、食事を一緒にすることにした。
涼花はフラワーデザイナーという肩書で活動しており、土曜日の今日は、結婚式場でブライダルフラワーのコーディネートを担当したという。
青山にある式場からの帰りだったため、徒歩圏内にある『ミソラ』を予約した。
涼花は、炭火で焼いた仔羊肉を口に含み、ワインで流し込むと満面の笑みを浮かべた。
「このお肉すごく柔らかい!美味しい~」
仕事帰りということもあり、旺盛な食欲を発揮。表情からも、ここ最近の私生活の充実ぶりがうかがえる。
「こうやってお姉ちゃんと2人で食事をするのも、久しぶりだね」
「2年ぶりぐらい?もっとかな?」
気兼ねなく会話を交わし、近況を報告しながらしばらく談笑が続く。
やがて彩花が、本題ともいうべき用件を切り出した。
「お母さん、海外で仕事をするって聞いたんだけど。本当?」
「うん、アメリカにね。ほら、お母さん。昔、海外で外国の人にお花を教えたいって言ってたじゃん」
「ああ…。確かに言ってたような」
10年近く前に聞いたかもしれない、と彩花は思う。それほど大きな意味を持っているとも思わず、記憶にとどめようともしていなかった。
他愛ない会話の一端だと思っていた願望を、佑美がずっと胸に抱いていたのだと考えると、どこか感慨深い。
「教室は涼花が引き継ぐんでしょう?仕事、忙しいんじゃない?」
「仕事はフリーだから自分で調節できるし。それに、教室は守っていきたいから」
涼花の発言に、彩花は頼もしさを感じた。自分の妹ながら成長を実感し、熱いものが込みあげる。
「この前、私が実家に戻ったとき、お母さんは何でその話をしてくれなかったんだろう…」
「お姉ちゃんには話しにくかったんだよ。だって、お姉ちゃん、どっちかっていうとお父さん派だったし。不満でも言われそうだと思ったんじゃない?」
「ええ?私がお父さん派?そんなことないけどなぁ…」
ただ、家にいつもいる佑美とは顔を合わせる機会も多く、ぶつかることも多々あった。
対して、仕事で海外を飛び回る父親の彰浩への憧れは、確かに強かったかもしれない。
「お父さんもお母さんも、なんだかんだ夫婦を続けていくのかと思ったけど、結局離婚しちゃうなんてね」
あっけなく崩れ去る関係への憂い。賛同を得られるかと思いきや、涼花の口から出たのは意外な言葉だった。
「でも、お母さんが海外に出られるの、お父さんのおかげでもあるんだよ?」
彩花はいまいち釈然とせず、事情を尋ねた。
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