2024.10.07
恋のジレンマ Vol.6◆
智樹は冷えたジョッキを手に持つと、ビールを勢いよく口のなかに流し込んだ。
― ああ、やっぱりこっちのほうが美味い…!
約1ヶ月ぶりのビール。喉越しの良さも、あとに残る爽快感も、ワインのそれをゆうに上回る。これこそカラダが求めていた刺激だと、久しぶりの味を堪能した。
「うん!美味い!!」
隣にいる同僚の山岸も、腹の底から感嘆の声をあげていた。
『ミスターストイック』の異名を持つ山岸だが、今日はチートデイということで、トレーニングは休み。そんな山岸を含めた同僚たちとともに、有楽町にあるビアホールを訪れているのだ。
騒々しい空間が苦手な智樹だが、ビールの爽快な飲み口とマッチしているように感じ、居心地は悪くない。
「なあ、森永!美味いなぁ!」
普段からテンションの高い山岸がさらに感情を高ぶらせ、智樹の肩に手をのせて同意を求めてくる。
「ん?んん?おおっ?」
山岸は、何か違和感をおぼえたのか、智樹の肩から腕にかけてのラインをまさぐった。
「なんだよ。くすぐったいよ」
「森永。お前、だいぶ体が引き締まってきたな」
「ああ。ランニングを続けてるし、最近は少し筋トレも始めたんだ」
「おおっ!それは素晴らしい!どうだ、体を鍛えるのは楽しいだろう?」
「まあね。やればやっただけ成果として表れるからな」
肉体に変化が感じられると、努力が報われたような気分になり、ますます意欲も湧いてくる。
「なあ、森永。お前、うちのジムに入会したらどうだ?そして、一緒にフィジークの大会に出ようじゃないか」
「いや、そこまでは…」
「お前は向いていると思うぞ」
「そうかな…」
― 興味ないわけではないけど…。
今にも増してストイックな生活をするようになれば、ますますワインバーから足が遠のき、梨穂に会う機会も減ってしまう。
梨穂との関係が深まる望みは、まだ断たれたわけではない。
わずかでも可能性が残っている限り、自らそれを放棄してしまうことはできず、明言はできなかった。
「来週末に大会があるから見に来るといい。あの熱気を感じたら、きっとやりたくなるはずだ!」
山岸は自信満々に言い放つと、残りのビールを一気に飲み干した。
「隣、いいですか?」
山岸が席を離れると、後輩の京子が足早に歩み寄り、腰をおろした。
「森永さん。やっと一緒に飲めましたね」
「ああ、そうだね」
京子がジョッキのふちに口をつけ、ビールをグビッと飲み込んだ。
ほんのりと頬が赤らみ、いつもよりも少し目尻が下がっている。
京子は丸顔で幼く見える顔つきをしており、いわゆる小動物のような可愛らしさがあった。
梨穂の洗練された美しさとは異なるが、好感の持てる顔立ちをしていた。
「さっき、山岸さんと話しているのが聞こえたんですけど、森永さんは体を鍛えてるんですか?」
「うん、ダイエットを兼ねてね」
「そうだったんだ。急に痩せちゃったと思って、ちょっと心配してたんですよ」
智樹は笑って健康ぶりをアピールした。
「あんまり痩せないで欲しいなぁ…」
智樹の耳に届くか届かないかぐらいの声で、京子が呟いた。
「私、どっちかっていうとポッチャリした体型の男性のほうが好きなんですよねぇ。見ていて安心するというか、癒やされるというか…」
ひとり言のようではあるが、明らかに智樹に向けての発言である。
以前であれば、内心浮かれていたに違いないが、今はいたって冷静に受け止めていた。努力に対して正当な評価を与えてもらっていないような寂しさを感じる。
― なんだろう。なんか違うんだよな…。
手の届きそうな距離にある京子に心移りしそうにもなったが、早計だったと思い直す。
しばらく会話を続けたが、智樹は、どうもうまく噛み合っていないような歯がゆさをおぼえた。
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